前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ
12、女王と奴隷
その男は奴隷だった。
もともとはどこかの国の高貴な人間の血を引いていたそうだが、戦争に巻き込まれ、捕虜となり、滅ぼした国もアリーセの国の支配下に置かれ、戦争の駒として利用されていた。活躍しても手柄は他の兵に横取りされ、まさに底辺の身分として虐げられる毎日であった。
本来なら、女王であるアリーセと会うはずもなかった。
奴隷がいる場所は戦場で、アリーセも人前に出ることはめったになかったから。
だがその日、偶然アリーセは庭を散歩する気になった。そして奴隷である男も戦場から帰還して、人の目を盗むように木陰で昼寝などしていた。
「ここで何をしている」
アリーセは薄汚れた奴隷を恐れもせず、冷え冷えとした眼差しで見下ろした。男の目が開く。想像よりも知性を感じさせる理知的な青い瞳は獰猛さを帯び、かと思えばふっと消えて、太々しい笑みを口元に浮かべた。
「ご覧のとおり、ただの昼寝ですよ」
アリーセは僅かに目を見開き、ちらりと木の向こうにいる兵士を見やった。
「そう。けれど向こうに兵がいる。ここで眠るのはもうやめにした方がいいわ」
男はアリーセの忠告に意外そうな顔をしたが、やがて面白そうにまた唇に弧を描いた。ゆっくりと起き上がったので、場所を移すのだろうと思ったが、なぜか彼はその場に跪き、アリーセに頭を下げた。
「麗しい女王陛下のお目にかかれて光栄です」
「ずいぶんと遅い挨拶だこと」
「陛下が奴隷如きの昼寝を咎めず、また厄介な人間が来ることを教えてくれたので、感激していたのでございます」
たしかに本来なら無礼者だと怒るべき態度を男はとっていた。
「わたしが誰か知らなかったのでしょう」
「いいえ。氷のような冷たい瞳に美しい御髪をした方はこの国でただ一人、最も尊い方と存じております」
つまり知った上で男はあんな態度をとったという。
(ずいぶんと図々しい性格をしている)
だが不思議と不快な気持ちにはならなかった。新鮮で、物珍しい。そんな気持ちになった。今までそんな人間がいなかったからかもしれない。――結婚した夫でさえ、どこか余所余所しいままだから。
「……外はこんなにも、明るいのね」
眩しげに目を細め、アリーセは光あふれた庭を眺めた。
男に話しかけるというより、独り言のように漏れた言葉だ。無言で男の視線を感じ、自分でもらしくもないことを呟いたと自嘲する。
ただの気紛れ。どうでもいい相手を前にして、気が抜けたせいか。
「たまにはまたいらっしゃってはいかがですか」
男の方を見れば、彼も先ほどアリーセが見ていた光あふれた景色に目を向けている。
「そうね。気が向いたら……あなたがいない時でも、訪れるわ」
男が声なく笑ったのがわかった。
衛兵たちがこちらに近づいてくる。アリーセは彼らの方へ足を向け、立ち去ろうとした。しかし男とすれ違う際、彼が呟く。アリーセはほんの少し足を止めて、また歩き始めた。衛兵たちはアリーセと共にその場を離れた。
もともとはどこかの国の高貴な人間の血を引いていたそうだが、戦争に巻き込まれ、捕虜となり、滅ぼした国もアリーセの国の支配下に置かれ、戦争の駒として利用されていた。活躍しても手柄は他の兵に横取りされ、まさに底辺の身分として虐げられる毎日であった。
本来なら、女王であるアリーセと会うはずもなかった。
奴隷がいる場所は戦場で、アリーセも人前に出ることはめったになかったから。
だがその日、偶然アリーセは庭を散歩する気になった。そして奴隷である男も戦場から帰還して、人の目を盗むように木陰で昼寝などしていた。
「ここで何をしている」
アリーセは薄汚れた奴隷を恐れもせず、冷え冷えとした眼差しで見下ろした。男の目が開く。想像よりも知性を感じさせる理知的な青い瞳は獰猛さを帯び、かと思えばふっと消えて、太々しい笑みを口元に浮かべた。
「ご覧のとおり、ただの昼寝ですよ」
アリーセは僅かに目を見開き、ちらりと木の向こうにいる兵士を見やった。
「そう。けれど向こうに兵がいる。ここで眠るのはもうやめにした方がいいわ」
男はアリーセの忠告に意外そうな顔をしたが、やがて面白そうにまた唇に弧を描いた。ゆっくりと起き上がったので、場所を移すのだろうと思ったが、なぜか彼はその場に跪き、アリーセに頭を下げた。
「麗しい女王陛下のお目にかかれて光栄です」
「ずいぶんと遅い挨拶だこと」
「陛下が奴隷如きの昼寝を咎めず、また厄介な人間が来ることを教えてくれたので、感激していたのでございます」
たしかに本来なら無礼者だと怒るべき態度を男はとっていた。
「わたしが誰か知らなかったのでしょう」
「いいえ。氷のような冷たい瞳に美しい御髪をした方はこの国でただ一人、最も尊い方と存じております」
つまり知った上で男はあんな態度をとったという。
(ずいぶんと図々しい性格をしている)
だが不思議と不快な気持ちにはならなかった。新鮮で、物珍しい。そんな気持ちになった。今までそんな人間がいなかったからかもしれない。――結婚した夫でさえ、どこか余所余所しいままだから。
「……外はこんなにも、明るいのね」
眩しげに目を細め、アリーセは光あふれた庭を眺めた。
男に話しかけるというより、独り言のように漏れた言葉だ。無言で男の視線を感じ、自分でもらしくもないことを呟いたと自嘲する。
ただの気紛れ。どうでもいい相手を前にして、気が抜けたせいか。
「たまにはまたいらっしゃってはいかがですか」
男の方を見れば、彼も先ほどアリーセが見ていた光あふれた景色に目を向けている。
「そうね。気が向いたら……あなたがいない時でも、訪れるわ」
男が声なく笑ったのがわかった。
衛兵たちがこちらに近づいてくる。アリーセは彼らの方へ足を向け、立ち去ろうとした。しかし男とすれ違う際、彼が呟く。アリーセはほんの少し足を止めて、また歩き始めた。衛兵たちはアリーセと共にその場を離れた。