前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ
「美味しい焼き菓子でしたわね」
「同感だ。実に美味しかった。だが食べすぎてしまったかもしれないな。……そうだ。運動がてら、侯爵邸の庭を案内してくれないか? ここに来る途中、とても香りのよい花が咲いてあった。名前をぜひ知りたい」
「香りのよい? 薔薇かしら……」
「いや、薔薇ではない。こう……甘く、美味しそうな」
「まぁ。殿下は本当に甘いものに目がないんですね」
「笑うことはないだろう」
くすくすと笑みを零すルティアに、テオバルトは何がおかしいと不満げだ。
「あの、ルティア……」
おずおずと母に腕を引かれ、ルティアはハッとする。すっかり両親のことを忘れて話し込んでしまった。気まずさを感じながら、ルティアは逃げるように立ち上がる。
「ではさっそくご案内しますわ。殿下。どうぞこちらに」
自ら庭を案内しようとする娘に、両親はまた目を丸くした。
「ありがとう。ではミーゼス侯爵、夫人、少々ルティア嬢をお借りさせていただきますよ」
「あの殿下。娘はその……」
父が口ごもる内容をテオバルトはすぐに察し、わかっていると頷いた。
「決して彼女に不快にさせるようなことはしないと誓う。心配ならばお目付け役をつけるといい。いや、そうするべきだ」
テオバルトの言葉通り、両親は会話が聞こえない程度の距離にメイドをつけさせた。
彼は王子だ。これまでの態度からも決して迂闊なことはしない。
「あの、殿下」
「謝らなくていいぞ。年頃の娘を持つ親として、二人は当然の配慮をしたまでだ」
以前のようなことがあったならばなおのこと、と付け加えられ、ルティアは俯く。
「失礼ながら……今日こちらへ来られたのは、両親に結婚のことを話すと思っておりました」
「あなたの意思を無視してか?」
そんなことはしないとテオバルトは花の匂いを嗅ぎながら答えた。
「言っておくが、前回あなたが困惑して、何も言えなかったことも、逃げ帰るように王宮を去ったことも、俺は怒っていないぞ」
「……本当ですか」
わざわざ口にするあたり、本当は根に持っているのではないかと疑ってしまう。
「本当だとも。というか、あれから一晩考えて、さすがにいきなりすぎたなと反省した」
風が強く舞って、落ちかけの花が花びらをくっつけたまま地面に落ちそうになる。それを途中で掌へ落とさせると、テオバルトはルティアの髪に挿そうとして、首を傾げた。
「この色も似合うが、もっと他の色があなたには似合う気がする」
「……殿下の御髪にもよく似合いますわ」
「そうか? ならつけてくれるか?」
花を渡して腰を屈めるテオバルトに、ルティアは白い花を短い黒髪に挿してやった。
「どうだ?」
「ええ、とてもよくお似合いです」
精悍な顔立ちに、愛らしい花の組み合わせを見てルティアはそう言った。思わず笑いが零れてしまっても、テオバルトはルティアの言葉を信じて、一緒に笑ってくれた。
その屈託ない無邪気な笑みを見て、ふと前世の記憶が重なる。
(前の時も、こんな彼の笑顔を見た)
その時の自分は――
「こんなふうに、またあなたと話したい」
「同感だ。実に美味しかった。だが食べすぎてしまったかもしれないな。……そうだ。運動がてら、侯爵邸の庭を案内してくれないか? ここに来る途中、とても香りのよい花が咲いてあった。名前をぜひ知りたい」
「香りのよい? 薔薇かしら……」
「いや、薔薇ではない。こう……甘く、美味しそうな」
「まぁ。殿下は本当に甘いものに目がないんですね」
「笑うことはないだろう」
くすくすと笑みを零すルティアに、テオバルトは何がおかしいと不満げだ。
「あの、ルティア……」
おずおずと母に腕を引かれ、ルティアはハッとする。すっかり両親のことを忘れて話し込んでしまった。気まずさを感じながら、ルティアは逃げるように立ち上がる。
「ではさっそくご案内しますわ。殿下。どうぞこちらに」
自ら庭を案内しようとする娘に、両親はまた目を丸くした。
「ありがとう。ではミーゼス侯爵、夫人、少々ルティア嬢をお借りさせていただきますよ」
「あの殿下。娘はその……」
父が口ごもる内容をテオバルトはすぐに察し、わかっていると頷いた。
「決して彼女に不快にさせるようなことはしないと誓う。心配ならばお目付け役をつけるといい。いや、そうするべきだ」
テオバルトの言葉通り、両親は会話が聞こえない程度の距離にメイドをつけさせた。
彼は王子だ。これまでの態度からも決して迂闊なことはしない。
「あの、殿下」
「謝らなくていいぞ。年頃の娘を持つ親として、二人は当然の配慮をしたまでだ」
以前のようなことがあったならばなおのこと、と付け加えられ、ルティアは俯く。
「失礼ながら……今日こちらへ来られたのは、両親に結婚のことを話すと思っておりました」
「あなたの意思を無視してか?」
そんなことはしないとテオバルトは花の匂いを嗅ぎながら答えた。
「言っておくが、前回あなたが困惑して、何も言えなかったことも、逃げ帰るように王宮を去ったことも、俺は怒っていないぞ」
「……本当ですか」
わざわざ口にするあたり、本当は根に持っているのではないかと疑ってしまう。
「本当だとも。というか、あれから一晩考えて、さすがにいきなりすぎたなと反省した」
風が強く舞って、落ちかけの花が花びらをくっつけたまま地面に落ちそうになる。それを途中で掌へ落とさせると、テオバルトはルティアの髪に挿そうとして、首を傾げた。
「この色も似合うが、もっと他の色があなたには似合う気がする」
「……殿下の御髪にもよく似合いますわ」
「そうか? ならつけてくれるか?」
花を渡して腰を屈めるテオバルトに、ルティアは白い花を短い黒髪に挿してやった。
「どうだ?」
「ええ、とてもよくお似合いです」
精悍な顔立ちに、愛らしい花の組み合わせを見てルティアはそう言った。思わず笑いが零れてしまっても、テオバルトはルティアの言葉を信じて、一緒に笑ってくれた。
その屈託ない無邪気な笑みを見て、ふと前世の記憶が重なる。
(前の時も、こんな彼の笑顔を見た)
その時の自分は――
「こんなふうに、またあなたと話したい」