前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ
「なぁ、ルティア。自分が進む道は変えてもいいんだぞ」

 幼い子どもに言い聞かせるようにテオバルトの声は優しかった。きっと彼の言葉は正しい。優しい声に甘えてしまいたくなるが、ルティアはだめだと首を振った。

「わたしは、幸せになってはいけない人間なんです」

 胸に刻まれた罪の証を服の上から掌で押さえる。そんな彼女をテオバルトが感情の読めない表情でじっと見てくる。

「誰がそう決めた」
「神と……わたし自身が決めたことです」
「……そうか」

 馬鹿なことを言うな、とは言われなかった。その代わり顔を上げさせられ、彼の瞳を強制的にルティアは見ることとなった。

「なら、今日からは俺が決める」
「えっ?」
「神とあなたに代わって、俺がいま決めた。ルティアはこれから幸せになっていいと」

 彼女は目を大きく見開き、呆然とテオバルトの顔を見つめた。彼はどうだ? というように大胆不敵に笑った。

「これで何も問題はない。無事に解決したな」
「問題、ばかりだと思います……」
「そうか?」
「ええ。神の決定を認めないなんて……そもそもこれはわたしの人生ですのに」

 テオバルトはふむ……とちっとも事の重大さが理解できていない様子で顎に手を当てた。

「その理屈で言うと、俺の幸せはきみと一緒にいることだ。俺の人生、俺の幸せを邪魔する者は、神であれ、許さない。誰にも邪魔できないはずだが?」

 ルティアはまたもや目を瞠った。

「殿下は……実はとっても傲慢な方なんですね」
「今気づいたのか?」

 テオバルトはニッと白い歯を見せて笑う。

「王子というのは概して我儘なものだ」
「王太子殿下や第二王子殿下は決してそうは見えませんが……」
「いや、ああ見えて兄上たちも案外腹黒いところがおありだ。聖人のような外面に騙されてはいけないぞ」

 本当だろうか。テオバルトと違い、彼らはとても穏やかな性格に見えた。いつもテオバルトが迷惑をかけてすまないね、と謝る姿もとても嘘偽りだとは思えない。

「ともかく、俺の人生にはあなたが必要だ。俺はあなたに幸せになってもらいたい。それをあなたは邪魔するというのか?」
「そんな……」

 強引な物言いだが、優しさと甘さを含んだ眼差しに、ルティアは困ってしまう。弱り切って、途方に暮れたようにテオバルトを見つめていれば、やがて彼はふっと困ったように微笑んだ。

「そんな顔しないでくれ。あなたに見つめられると、俺は何でも従いたくなってしまう」
「ごめんなさい……」

 きっぱりと拒絶できない自分に、ルティア自身も呆れて、情けなく思った。

「わかった。では次で最後にしよう」
「最後……」

 テオバルトはこくりと頷く。

「次の思い出を最後に、あなたが修道院へ行くことを認める。そこであなたが無事に目的を成し遂げられることを、祈っている」

 その代わり、と彼はどこか狼狽えるルティアに微笑んだ。

「今度王宮で開かれる舞踏会に出席してほしい」

 俺と踊ってほしい、とテオバルトは願いを口にした。

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