前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ

3、優しい家族

「ルティア。おはよう」
「おはようございます。お父様、お母様」

 前世では両親は幼い頃に亡くなったが、今世ではどちらも健在だ。

 父はミーゼス侯爵家の当主で、真面目で優しく、思いやりにあふれている。母も同様だ。普通乳母に子育てを放任する貴族が多いなか、二人とも惜しみない愛情を注いで育ててくれた。とても恵まれた家庭環境といえよう。

「お姉さま。あとでファニーと遊んで!」

 先に椅子に座って食事をしていた妹が目をきらきらさせながらせがんでくる。

「だめだよファニー。今日、姉上は僕と本を読んで過ごすの」

 隣で行儀よく食事しているのは弟のフリッツ。まだ十歳にもならないのに、とても頭がいい。妹のファニーとの仲はあまりよくなかったが。

「もう! フリッツと遊ぶよりわたしと遊ぶ方が姉さまは楽しいに決まっているでしょ!」
「偏見だね。ファニーは人形の着せ替えごっこやおままごとばっかりで、それこそ姉上が退屈するに決まっている。僕に譲った方が賢明だよ」
「フリッツったらどうしてそういちいち言い方が最悪なの? そういう理屈っぽい男は嫌われるって、この前叔母さまがおっしゃっていらしたわ」

 喧嘩し始める弟妹に、ルティアは困ったように眉根を下げた。

「ごめんなさい。ファニー、フリッツ。今日は孤児院を訪れる予定があるの」
「ええー……またぁ?」
「この前行ったばかりじゃないか」
「今日訪れる施設はまた違うところなの」
「やだぁ。姉さまと遊びたい!」
「姉上も本を読むの楽しみにしていたじゃないか」
「こらこら、おまえたち。我儘を言って姉様を困らせるな」

 駄々をこねる二人を父が珍しく厳しい声音で叱りつける。母もそうよと諭す。

「ルティアにはルティアの予定があるのだから。そろそろ姉離れしなさい」

 両親に揃って我慢しろと言われるも、二人は気に入らないように「えー」と文句を言う。ルティアは困ったものの、そんな弟妹が可愛くて仕方がない。

「じゃあ明日は何もないから、一緒に遊びましょう。ね?」

 代替日を提案すれば、二人は先ほどの不機嫌さもどこへやら、「やったー!」とはしゃぎまくる。一方両親はやれやれというようにため息をついた。

「ルティア。いいのかい?」
「何か用事があったのではなくて?」
「大丈夫です。ちょうど空いていて、暇だったので」
「ならいいんだが……」

 しかし両親は何か言いたげな表情であった。普通十八の娘ならばもっとお洒落や友人たちとの付き合いに勤しむものなのだろうが、ルティアには一切その素振りがないので心配しているのだろう。

 別に全く人付き合いがないわけではない。友人に誘われれば、遊びにも行く。

「ルティアもそろそろ結婚を考える年頃だな」
「そうね。あなたとならぜひ結婚したいと、縁談の話もすでにいくつかきているのよ」

 この頃そうした話題をそれとなく出すのも、ルティアの将来を漠然と心配してのことだろう。

「……わたしにはまだ、よくわかりませんわ」
「そうよ! 姉さまはまだこの家にいて、わたしと遊ぶの!」
「結婚って、女の人にとっては一生を決めるものなんでしょう? 焦って決める必要はないと思うな」
「おまえたちはまったく……」

 小さな我が子の立派な反対に、父はこめかみを押さえ、また小言を述べ始めた。話題がそれとなく逸れたことで、ルティアは内心ほっとする。

 正直、彼女には結婚するつもりはなかった。将来は修道院に入り、そこで神に奉仕することを決めていたからだ。

 だがそれを両親に伝えれば、どんな顔をされるかわかっているので、今はまだ、告げる勇気がなかった。
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