前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ
晴れ晴れとした表情で別れを告げるルティアにテオバルトの顔はいつか見た時と同じように何を考えているかわからなかった。
だが以前のように沈黙が落ちても、視線を下げたりはしない。
「――互いに想い合っているというのに、俺たちは別れねばならないのか」
「はい」
即答すると、テオバルトはため息と共に肩を竦めた。
「あなたは頑固だな」
「そういう、約束でしたわ」
「ああ、約束だ。だが……やはり納得できない。嫌だと思う自分がいる」
子どものように駄々をこね始めるテオバルトにルティアは黙って微笑んだ。そんな彼女の態度に彼は少々気恥ずかしさを覚えたのか、黒い髪をくしゃりとかき混ぜた。
「なぁ、ルティア。あなたの心を変えるにはどうすればいい? 俺と結婚するにあたり、何か心配事でもあるのか?」
「そうですね……。きっとあなたをがっかりさせてしまうと思います」
「なんだ?」
「生まれつき、胸に火傷の痕があるんです」
テオバルトは目を瞠り、やがて微笑んだ。
「なんだ、そんなことか。いや、女性にとってはそんなことではないな。悪い。……だが、俺は全く気にしない。あなたがどんな姿をしていようと、すべて愛する自信がある。今も、愛している」
「……ええ。殿下ならそうおっしゃってくれると思っていました」
むしろ予想よりもずっと情熱的な言葉で返され、頬が熱くなる。この人は決して外見で人を愛するのではないとわかり、もっと素敵に思える。
「なんだ。俺の愛を試したのか?」
「いいえ。ただ少し、確かめたいことがありまして……」
テオバルトが本当に記憶のことを覚えていないかどうか、または思い出すのではないかと思ったが……この様子だと前世の記憶自体覚えていないようだ。
よかった、と今は思う。殺すくらい自分を憎んでいたことは、彼に知られたくなかったから。
「よくわからないが……傷痕ならば俺の身体にもあるぞ」
「えっ」
「胸に刺し傷のような痕だ」
ルティアは息を呑んだ。
「それは本当ですか?」
信じられないと見つめる彼女に、テオバルトは悪戯が無事に成功したと言わんばかりの得意げな口調で「驚いたか?」と笑った。
「背中にもあるんだ。もっともそれは、剣術でできたものや、兄上たちとの些細な言い合いで本気の喧嘩に発展してしまった時とか、猫を助けようとして木に登った際にうっかり足を踏み外してできたものとバラエティに富んでいるんだが……」
ルティアは驚くべきなのか呆れるべきなのかわからなかった。彼もまた自分と同じで胸に傷があると知り、頭が混乱した。
(胸に刺し傷……あの時の炎が、殿下にも傷を残したということ? それとも単に今世でできた傷なのかしら)
「胸の刺し傷も、お怪我で?」
「生まれつきのものだ」
よりいっそう複雑な顔をする彼女に、テオバルトは企みが成功したというように「な?」と笑った。
「俺もまた、傷だらけだ。だから気にするな、とは言えないが、そんなに重く思う必要はない」
「はぁ……あっ、いえ、だからといって、わたしが修道院へ行く意思は変わりません」
てっきり綺麗に話が終わると思っていたが、テオバルトがつらつらと話し続けるので、ルティアは戸惑っていた。せっかく決めた覚悟を彼の巧みな話術によって崩されそうになっている気がした。
「なんだ。これでもだめか」
「殿下。いくらお願いされても、わたしの意思は変わりません」
「どうしてもか?」
「はい」
これが最後だとばかりにきっぱり返事をすれば、テオバルトもようやく「わかった」と答えた。もう押し問答はない。自分は神の道へ進み、テオバルトは別の道を――
「では俺も、修道士になろう」
「は?」
聞き間違いだろうか。
「あの、ご冗談を……」
「冗談ではない。俺もあなたと同じ、神に祈りを捧げる一生を送る」
だが以前のように沈黙が落ちても、視線を下げたりはしない。
「――互いに想い合っているというのに、俺たちは別れねばならないのか」
「はい」
即答すると、テオバルトはため息と共に肩を竦めた。
「あなたは頑固だな」
「そういう、約束でしたわ」
「ああ、約束だ。だが……やはり納得できない。嫌だと思う自分がいる」
子どものように駄々をこね始めるテオバルトにルティアは黙って微笑んだ。そんな彼女の態度に彼は少々気恥ずかしさを覚えたのか、黒い髪をくしゃりとかき混ぜた。
「なぁ、ルティア。あなたの心を変えるにはどうすればいい? 俺と結婚するにあたり、何か心配事でもあるのか?」
「そうですね……。きっとあなたをがっかりさせてしまうと思います」
「なんだ?」
「生まれつき、胸に火傷の痕があるんです」
テオバルトは目を瞠り、やがて微笑んだ。
「なんだ、そんなことか。いや、女性にとってはそんなことではないな。悪い。……だが、俺は全く気にしない。あなたがどんな姿をしていようと、すべて愛する自信がある。今も、愛している」
「……ええ。殿下ならそうおっしゃってくれると思っていました」
むしろ予想よりもずっと情熱的な言葉で返され、頬が熱くなる。この人は決して外見で人を愛するのではないとわかり、もっと素敵に思える。
「なんだ。俺の愛を試したのか?」
「いいえ。ただ少し、確かめたいことがありまして……」
テオバルトが本当に記憶のことを覚えていないかどうか、または思い出すのではないかと思ったが……この様子だと前世の記憶自体覚えていないようだ。
よかった、と今は思う。殺すくらい自分を憎んでいたことは、彼に知られたくなかったから。
「よくわからないが……傷痕ならば俺の身体にもあるぞ」
「えっ」
「胸に刺し傷のような痕だ」
ルティアは息を呑んだ。
「それは本当ですか?」
信じられないと見つめる彼女に、テオバルトは悪戯が無事に成功したと言わんばかりの得意げな口調で「驚いたか?」と笑った。
「背中にもあるんだ。もっともそれは、剣術でできたものや、兄上たちとの些細な言い合いで本気の喧嘩に発展してしまった時とか、猫を助けようとして木に登った際にうっかり足を踏み外してできたものとバラエティに富んでいるんだが……」
ルティアは驚くべきなのか呆れるべきなのかわからなかった。彼もまた自分と同じで胸に傷があると知り、頭が混乱した。
(胸に刺し傷……あの時の炎が、殿下にも傷を残したということ? それとも単に今世でできた傷なのかしら)
「胸の刺し傷も、お怪我で?」
「生まれつきのものだ」
よりいっそう複雑な顔をする彼女に、テオバルトは企みが成功したというように「な?」と笑った。
「俺もまた、傷だらけだ。だから気にするな、とは言えないが、そんなに重く思う必要はない」
「はぁ……あっ、いえ、だからといって、わたしが修道院へ行く意思は変わりません」
てっきり綺麗に話が終わると思っていたが、テオバルトがつらつらと話し続けるので、ルティアは戸惑っていた。せっかく決めた覚悟を彼の巧みな話術によって崩されそうになっている気がした。
「なんだ。これでもだめか」
「殿下。いくらお願いされても、わたしの意思は変わりません」
「どうしてもか?」
「はい」
これが最後だとばかりにきっぱり返事をすれば、テオバルトもようやく「わかった」と答えた。もう押し問答はない。自分は神の道へ進み、テオバルトは別の道を――
「では俺も、修道士になろう」
「は?」
聞き間違いだろうか。
「あの、ご冗談を……」
「冗談ではない。俺もあなたと同じ、神に祈りを捧げる一生を送る」