前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ

24、別れの記憶

 ルティアは――いや、女王アリーセはひどく気分が塞いでいた。以前から知っていた事実が今更になって重く心にのしかかってくる。何をしても気が晴れず、憂鬱さが全身を纏い、ふとした拍子に、どうにかなってしまいそうな激しい怒りが心を支配しようとする。

 けれど逃げ出すことはできない。また、逃げる場所も思いつかなかった。

「女王陛下」

 唯一彼女がそれらしい場所だと思って足を向けたのが、奴隷である彼と出会った大木の近くだった。

「カイ」

 彼はアリーセが名を呼んだことに、とても驚いた様子だった。アリーセ自身もだ。どうして自分の声はこんなにも弱く、どこか縋るような響きを持っているのか。

「はい、女王陛下」

 跪いたまま、顔だけ上げて、カイが笑う。眩しくて、胸の奥が苦しくなった。それは久しく感じていなかったものだ。

「ご懐妊されたそうですね。おめでとうございます」
「……ようやく、役目を果たすことができる」

 なかなか子ができず、周りからも陰口を叩かれていた。気持ちの通わない行為も、ただただ苦痛であった。もっともそれは、相手も同じであろうが。

「元気なお子がお生まれるになることを、戦場で祈っております」

 アリーセは彼の横を通り過ぎ、そよ風に揺れる花々に目をやる。

「兵たちはさぞ、わたしを恨んでいるだろうな」

 祖父の代から続く因縁だが、争いを止めることができなかった。今まで幾度となく繰り返された小競り合いと同じ。すぐに終結すると貴族たちは楽観視しているが、今回は長く続く予感がアリーセにはあった。

「奴隷の分際で発言することをお許しください。――陛下は、十分ご自身の役目を果たしておられます」
「どうしてそう思う」
「戦場で陛下の名を出すと、みなが怯えるからです」
「味方もか?」

 彼は少し笑いながら、はいと答えた。失礼なやつだ。

「わたしはどんなふうに相手に恐れられている」
「血も涙もない、冷酷な女王。敵兵はもちろん、味方にですら、氷の息吹を与え、血を凍らせ、生きる気力を挫いていく。彼女に会う者はすべて、海氷の下へ沈んでいく、と」
「とんでもない女王だな」

 彼は笑いを堪えようとしていたが、また喉を鳴らして笑った。

「ええ。ですがそのおかげで、今まで我が国は豊かな土地に恵まれ、侵略しやすい地形でありながら、他国から蹂躙されずに済んだのでしょう。いいえ、これからも、それは変わりません。いわば陛下は、戦争の抑止力となっているのですよ」
「……そうか。ならば、最後までそうあり続けなければならないな」

 アリーセは冗談のように言ったつもりだが、カイは笑わなかった。彼の方を見れば、つい先ほどまで笑いを堪えていたのに、今は怖いくらいの真顔だ。

「どうした。何か気に障ったか」
「……いいえ。ただ、あなたをそうさせた人間に思うところがありまして」

 カイが言いたいことが、アリーセにはよくわからなかった。相槌を打てずに黙っていると、カイは重くなった空気を変えるようにニッと笑った。

「失礼いたしました。今のは忘れてください。――それより、心配はご無用ですよ。なんなって俺がいますから。今回もまた、陛下には勝利を捧げます」
「……捧げるからには、生きて帰ってくるように」

 アリーセは手の甲をスッと男の方へ差し出した。

 カイが微笑み、壊れ物でも扱うかのようにそっと小さな手を取り、恭しく口づけを落とす。

「誓います。もう一度、必ずあなたのもとへ戻ってまいります」

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