前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ
31、狂った女王
女王アリーセは狂ってしまった。
止められる者は誰もいなかった。彼女は離宮に閉じ籠り、そこに自分に歯向かう者たちを引きずり込むと、金と名誉で従う人間に次々と処刑させた。殺される場面を、彼らの肉親に見せつけた。今まで自分に敵意を抱いていた者たちの面を恐怖に塗り替えるのはとても心地よかったことだろう。
「リーヴェス殿の愛人の子を養子に……と告げた貴族をその場で斬り殺したそうだ」
「リーヴェス殿はお子に危害が加わることを恐れ、ご実家の領地へ預けたらしい」
「それにますます陛下はお怒りになられて……」
彼女は怯える臣下たちにこう告げたそうだ。
「ねぇ、おまえたち。死にたくなかったから、裏切り者の子どもをわたしのもとへ連れていらっしゃい。それが嫌ならば、おまえか、おまえの大事な人間、あるいは死んでも心の痛まない生贄を差し出すことね」
王配であるリーヴェスはもちろん女王を止めようとした。だが大事な娘を人質にされ、強く止めることができなかった。せめて最低限の被害に抑えようと殺される人間を逃がし、犯罪者を身代わりに差し出した。
それでも女王の残虐さはますます苛烈さを増していく。
「リーヴェス殿。このままではこの国はお終いでございます」
貴族と王配が集まり、現状を嘆く。
「いっそのこと、陛下を他国へ差し出しましょう。彼らは氷の女王の首を欲しています」
「そうです。そうしましょう。陛下が亡くなっても、あなた様とご息女がおられます」
「……」
貴族たちの嘆願にリーヴェスは眉根を寄せ、もうこれしかないかと心を決めようとした時――
「ははっ、反対なさらないのですね」
リーヴェスを嘲笑する声が室内に響く。彼らは一斉にこちらを振り返った。
「誰だ貴様は」
外套に身を包んだ男はその問いにまた笑いながらも、スッと目を細めた。まるでこれから狩る獲物に狙いを定めたような鋭い眼光に何人かの者はぎくりと身を強張らせた。
「此度の戦には必ず勝てると、他国と交渉する努力もせず開戦を主張していた貴族様は、最前線で戦った者の顔など、興味もありませんよね」
「奴隷の男が何の用だ」
リーヴェスだけは自分の顔を覚えていた。さすが、というべきか。あるいは女王が密かに気にかけていたことを知っていたからか。
いずれにせよ奴隷の男――カイは無視して、扉に体重を預け、挑発するように話を続ける。
「いいえ、ただ……皆様は今までこの国を守ってきた女王陛下を、さんざんご自身の都合のいいように扱ってきた人形が役に立たなくなった途端、処分なさるのだと思いまして」
「黙れ! 奴隷ごときが我々に、意見、を……」
話の途中でカイはツカツカと相手のもとへ向かっていき、懐から取り出した短剣を目の前のテーブルに思いきり突き立てた。直接肌を突き刺したわけでもないのに、ひぃっ、と男の口からは情けない悲鳴が漏れた。
「奴隷ごとき。その存在におまえは今まで守られていたことがわからないのか?」
止められる者は誰もいなかった。彼女は離宮に閉じ籠り、そこに自分に歯向かう者たちを引きずり込むと、金と名誉で従う人間に次々と処刑させた。殺される場面を、彼らの肉親に見せつけた。今まで自分に敵意を抱いていた者たちの面を恐怖に塗り替えるのはとても心地よかったことだろう。
「リーヴェス殿の愛人の子を養子に……と告げた貴族をその場で斬り殺したそうだ」
「リーヴェス殿はお子に危害が加わることを恐れ、ご実家の領地へ預けたらしい」
「それにますます陛下はお怒りになられて……」
彼女は怯える臣下たちにこう告げたそうだ。
「ねぇ、おまえたち。死にたくなかったから、裏切り者の子どもをわたしのもとへ連れていらっしゃい。それが嫌ならば、おまえか、おまえの大事な人間、あるいは死んでも心の痛まない生贄を差し出すことね」
王配であるリーヴェスはもちろん女王を止めようとした。だが大事な娘を人質にされ、強く止めることができなかった。せめて最低限の被害に抑えようと殺される人間を逃がし、犯罪者を身代わりに差し出した。
それでも女王の残虐さはますます苛烈さを増していく。
「リーヴェス殿。このままではこの国はお終いでございます」
貴族と王配が集まり、現状を嘆く。
「いっそのこと、陛下を他国へ差し出しましょう。彼らは氷の女王の首を欲しています」
「そうです。そうしましょう。陛下が亡くなっても、あなた様とご息女がおられます」
「……」
貴族たちの嘆願にリーヴェスは眉根を寄せ、もうこれしかないかと心を決めようとした時――
「ははっ、反対なさらないのですね」
リーヴェスを嘲笑する声が室内に響く。彼らは一斉にこちらを振り返った。
「誰だ貴様は」
外套に身を包んだ男はその問いにまた笑いながらも、スッと目を細めた。まるでこれから狩る獲物に狙いを定めたような鋭い眼光に何人かの者はぎくりと身を強張らせた。
「此度の戦には必ず勝てると、他国と交渉する努力もせず開戦を主張していた貴族様は、最前線で戦った者の顔など、興味もありませんよね」
「奴隷の男が何の用だ」
リーヴェスだけは自分の顔を覚えていた。さすが、というべきか。あるいは女王が密かに気にかけていたことを知っていたからか。
いずれにせよ奴隷の男――カイは無視して、扉に体重を預け、挑発するように話を続ける。
「いいえ、ただ……皆様は今までこの国を守ってきた女王陛下を、さんざんご自身の都合のいいように扱ってきた人形が役に立たなくなった途端、処分なさるのだと思いまして」
「黙れ! 奴隷ごときが我々に、意見、を……」
話の途中でカイはツカツカと相手のもとへ向かっていき、懐から取り出した短剣を目の前のテーブルに思いきり突き立てた。直接肌を突き刺したわけでもないのに、ひぃっ、と男の口からは情けない悲鳴が漏れた。
「奴隷ごとき。その存在におまえは今まで守られていたことがわからないのか?」