前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ
「なっ、うぐっ」

 血の汚れなどついておらず、パリッと糊のきいた服を掴み、容赦なく椅子から立たせる。苦しげに顔を歪めるも、構わなかった。

「自分はのうのうと安全地帯で身を守りながら、命を懸けろ、これは名誉な戦いだとうそぶく。そんなご立派な文句が述べられるならば、今度最前線へお連れ致しましょう。剣を握ったこともない足手まといでも、弾除けぐらいにはなるでしょうから。あなたの言葉で言えば、とても名誉な死に様だ。俺たちからすれば、無様な犬死でもな」
「うっ、ぁ……」

 全身に殺気を漂わせて凄みのある目で睨まれ、男は歯の根が合わないほどガチガチと怯えていた。他の者もたちも同じだ。

「やめろ」

 ただ一人リーヴェスだけが止めてくる。それでもカイの目に軽蔑の色を見て取ると、言葉を詰まらせた。カイは胸倉を掴んでいた男を乱暴に床へ投げ捨てると、くるりと背を向けた。

「待て! どこへ行く!」
「すべてを終わらせに行く」
「陛下のもとへは――」
「貴殿は」

 扉をくぐる寸前、カイは足を止めてリーヴェスを振り返る。

「とても立派な方だ。弱者を労わり、女王陛下のような方にも忠義を尽くせる、夫としての鑑。そんなふうにみんな、あなたを評している。だから隠れて女を作っても、その女を孕ませ、子どもを産ませても、誰も責めなかった。素晴らしい人格ですね」

 褒めているのに、奴隷が浮かべる表情は真逆だ。嘲笑すら消えて、真顔でリーヴェスを見据える。その目はゾッとするほど冷たく、激しい怒りに満ちていた。

「貴殿は正しい。憎らしいほどの清廉潔白さで、女王を追いつめた。子を失った彼女に、他の女との間に授かった命を突きつけた。これほど彼女を正しく罰することは、清く正しい心を持った貴殿にしかできなかっただろう」

 リーヴェスはカイの言葉にカッとなったようだ。言い返そうとして口を開いたが、先ほどとは打って変わったカイの目に、口を噤む。

「なぜ、女王に寄り添おうとしなかった。なぜ子どもまで産ませて可愛がるなど……それがどれほど彼女にとって残酷な仕打ちか、理解できなかったんだ」

 静かな口調にやるせなさと怒りを込めて返すカイにリーヴェスは何も言わなかった。言えなかったのだろう。

「女王を狂わせたのは、おまえたちだ」

 吐き捨てるように言ったカイは今度こそ背を向けて、女王のいる離宮へ向かった。

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