前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ
32、共に地獄へ
なぜか突然ばたばたと処刑人たちが部屋を出て行ったかと思えば、知らない男が自分の方へ歩いてくる。
「あなたはだれ?」
あどけない笑みを浮かべ、アリーセは無邪気に微笑む。美しい銀色の髪や白い肌には返り血が飛び散っており、黒いドレスは誰かの死を悼んでいた。
「ふふ。今日もいっぱい殺したわ。でもね、まだこれじゃ足りない。あの子は帰ってこない。だからもっといっぱい殺すの。そうすればきっとあの子も帰ってくるわ……」
彼女はぶつぶつ呟いていたが、男が目の前まで来ると、不思議そうに顔を上げる。
「今度はあなたを殺せばいいの?」
男は痛まし気な顔をしていた。恐怖で怯えているのだろうか。これまでの生贄はみんなアリーセを見て怖がっていた。どうかお許しくださいと哀れな姿で命乞いをしていたから。
けれど目の前の男は違うように見えた。彼は……
「いいえ……。あなたの手はもう、人を殺すことはできない」
「どうして? それは困るわ。わたしはまだ――」
アリーセは言葉を途切れさせた。見知らぬ男が自分の腰を引き寄せ、抱きしめたからだ。無礼者! と怒るべきなのに、男の力があまりに強く、また震えていたから、彼女は固まる。そして男からは自分と同じ、血の臭いがした。きっと多くの人間を殺してきたのだろう。
それなのになぜか温かい、とも思った。男が抱擁を緩め、自分の頬をそっと撫でてくる。
(この男は誰だろう)
どうしてこんなにも悲しそうな顔をしているのだろう。
どうして――
「うっ、くっ、あああぁ……」
胸を剣で突き刺されながら、自分は逃げようとしないのだろう。
「あ、どうして……」
自分より痛そうな顔をするのだろう。刺されているのはアリーセの方なのに……。
「――あなたは、数え切れないほどの人間を殺した」
「ころし、た……」
そう。殺した。憎いあの女の代わりに。その娘の代わりに。死んでしまったあの子のために……殺して、殺し尽くした。その中には巻き込まれて、無実の者もいただろう。でもアリーセは気にしなかった。殺された人間が憎い相手にとって大切な存在ならば、当然の報いだと思ったから。
それが悪いことだとは、今の彼女にはわからなかったから。
「でも……いけないことだったの?」
「ええ。あなたは報いを受けなければならない」
「だから、殺そうとしているの? わたしは死ぬの……?」
いやよ、と彼女は弱々しく首を振った。
「死んだら、あの子に会えない。わたしを、待っている、のに……」
きっと自分はあの子と同じ場所に逝くことはできない。
それならこの地獄のような現世で永遠にあの子の死を悲しみたい。狂ったままでいたい。
「あなたはこれから、俺と一緒に地獄へ堕ちる」
「あなた、も?」
そうだ、と男は優しく微笑んだ。
「そこで何度も炎に焼かれて、生き返って死んで、そうしたら……あなたの娘と同じ場所へ行くことができる」
剣が抜かれ、崩れ落ちそうな身体を男の逞しい腕に抱きとめられる。そして彼はアリーセの手に自分を突き刺した剣を握らせると、今度はアリーセに男の胸を刺させるのだった。
「あなたはだれ?」
あどけない笑みを浮かべ、アリーセは無邪気に微笑む。美しい銀色の髪や白い肌には返り血が飛び散っており、黒いドレスは誰かの死を悼んでいた。
「ふふ。今日もいっぱい殺したわ。でもね、まだこれじゃ足りない。あの子は帰ってこない。だからもっといっぱい殺すの。そうすればきっとあの子も帰ってくるわ……」
彼女はぶつぶつ呟いていたが、男が目の前まで来ると、不思議そうに顔を上げる。
「今度はあなたを殺せばいいの?」
男は痛まし気な顔をしていた。恐怖で怯えているのだろうか。これまでの生贄はみんなアリーセを見て怖がっていた。どうかお許しくださいと哀れな姿で命乞いをしていたから。
けれど目の前の男は違うように見えた。彼は……
「いいえ……。あなたの手はもう、人を殺すことはできない」
「どうして? それは困るわ。わたしはまだ――」
アリーセは言葉を途切れさせた。見知らぬ男が自分の腰を引き寄せ、抱きしめたからだ。無礼者! と怒るべきなのに、男の力があまりに強く、また震えていたから、彼女は固まる。そして男からは自分と同じ、血の臭いがした。きっと多くの人間を殺してきたのだろう。
それなのになぜか温かい、とも思った。男が抱擁を緩め、自分の頬をそっと撫でてくる。
(この男は誰だろう)
どうしてこんなにも悲しそうな顔をしているのだろう。
どうして――
「うっ、くっ、あああぁ……」
胸を剣で突き刺されながら、自分は逃げようとしないのだろう。
「あ、どうして……」
自分より痛そうな顔をするのだろう。刺されているのはアリーセの方なのに……。
「――あなたは、数え切れないほどの人間を殺した」
「ころし、た……」
そう。殺した。憎いあの女の代わりに。その娘の代わりに。死んでしまったあの子のために……殺して、殺し尽くした。その中には巻き込まれて、無実の者もいただろう。でもアリーセは気にしなかった。殺された人間が憎い相手にとって大切な存在ならば、当然の報いだと思ったから。
それが悪いことだとは、今の彼女にはわからなかったから。
「でも……いけないことだったの?」
「ええ。あなたは報いを受けなければならない」
「だから、殺そうとしているの? わたしは死ぬの……?」
いやよ、と彼女は弱々しく首を振った。
「死んだら、あの子に会えない。わたしを、待っている、のに……」
きっと自分はあの子と同じ場所に逝くことはできない。
それならこの地獄のような現世で永遠にあの子の死を悲しみたい。狂ったままでいたい。
「あなたはこれから、俺と一緒に地獄へ堕ちる」
「あなた、も?」
そうだ、と男は優しく微笑んだ。
「そこで何度も炎に焼かれて、生き返って死んで、そうしたら……あなたの娘と同じ場所へ行くことができる」
剣が抜かれ、崩れ落ちそうな身体を男の逞しい腕に抱きとめられる。そして彼はアリーセの手に自分を突き刺した剣を握らせると、今度はアリーセに男の胸を刺させるのだった。