前世わたしを殺した男は、生まれ変わっても愛を捧ぐ
「スージー! こっち!」
「お嬢様。そんな走っては転びますよ」
日差しに負けず元気よく走り回る少女を乳母が慌てて追いかける。だがちっともその距離は縮まらず、むしろ開いていくばかりだ。
「マリカ。スージーを困らせちゃだめよ」
「じゃあお母さまがわたしを捕まえてみせて!」
母親の言葉にマリカは得意げになって言い返す。今年五歳になる娘のマリカは父親に似て行動力があり、口が達者である。ルティアが難しいと告げる前にひゅっと横から何かが飛び出す。
「じゃあ代わりにお父様が捕まえることにしよう!」
そう言って娘を追いかけるのはテオバルトだった。
子ども相手に手加減など一切せず、全速力を出すので、マリカはものの数秒で父親に捕まってしまった。きゃあきゃあ騒ぐ娘を抱き上げ、テオバルトは意地悪く笑ってみせる。
「マリカ。まだまだ修行が足りないな」
「お父さまずるい! おとなげない!」
(たしかに……)
「我が娘よ、それは違うぞ。俺は娘相手にも手を抜かず、堂々と実力を発揮しただけだ。マリカの脚がこれからうんと速くなることを見越してな」
「え~。ほんとう?」
怪しい、と疑惑の目を向けてくる娘に、本当だとテオバルトは自信たっぷりに言い切る。
「マリカが最近礼儀作法や勉強を頑張っていると、家庭教師から教えてもらっているからな。これからもっと、すごい人間になるはずだ」
マリカをそっと地面へ下してやると、膝をついて、弾けるような笑顔で褒める。
「よく頑張っているな、マリカ」
「……うん」
きちんと自分の頑張りを見ていてくれたことに、マリカも嬉しそうに頬を緩ませる。
「マリカ」
「お母さま!」
腕を広げておいでと言えば、たたーっと駆け寄ってくる。甘えるように頬を押しつけて、しがみついてくる力強さに娘の成長を感じた。
「まだまだ甘えん坊だな」
後ろからきたテオバルトが揶揄するように呟けば、マリカはくるりと振り返って言い返す。
「だってわたし、お姉さまになるのでしょう? なら今のうちにたっぷり甘えておくべきだと思うの」
母親のまだ平らなお腹を小さな手でそっと撫でながら、こましゃくれた口調で宣言する娘にテオバルトは目を丸くした後、笑った。
「なるほど。それもそうだな。ではお父様もそうさせてもらおう」
そう言って、優しげな目で娘の髪を撫でていた妻の身体ごとテオバルトは抱きしめるのだった。
「お父さま、おもい!」
「俺の愛の重さだ!」
ぐりぐりと頬まで押しつけてくるテオバルトにマリカは悲鳴を上げつつ楽しんでいる。ルティアはそんな二人の姿を見て笑い、ふと大木の下に目をやった。
かつては氷の女王と呼ばれていた彼女が優しい笑みを浮かべ、そんな彼女のそばを守るように一人の男が寄り添っている。小さな女の子も、一緒だった。
「ルティア?」
どうした? と尋ねるテオバルトに何でもないと微笑んだ。
優しい木漏れ日が見せてくれた幸せな光景は、瞬きをするともう、消えていた。でも、それ十分だった。
前世自分を殺した男は、生まれ変わっても愛を捧げる。これからも、ずっと――。
「お嬢様。そんな走っては転びますよ」
日差しに負けず元気よく走り回る少女を乳母が慌てて追いかける。だがちっともその距離は縮まらず、むしろ開いていくばかりだ。
「マリカ。スージーを困らせちゃだめよ」
「じゃあお母さまがわたしを捕まえてみせて!」
母親の言葉にマリカは得意げになって言い返す。今年五歳になる娘のマリカは父親に似て行動力があり、口が達者である。ルティアが難しいと告げる前にひゅっと横から何かが飛び出す。
「じゃあ代わりにお父様が捕まえることにしよう!」
そう言って娘を追いかけるのはテオバルトだった。
子ども相手に手加減など一切せず、全速力を出すので、マリカはものの数秒で父親に捕まってしまった。きゃあきゃあ騒ぐ娘を抱き上げ、テオバルトは意地悪く笑ってみせる。
「マリカ。まだまだ修行が足りないな」
「お父さまずるい! おとなげない!」
(たしかに……)
「我が娘よ、それは違うぞ。俺は娘相手にも手を抜かず、堂々と実力を発揮しただけだ。マリカの脚がこれからうんと速くなることを見越してな」
「え~。ほんとう?」
怪しい、と疑惑の目を向けてくる娘に、本当だとテオバルトは自信たっぷりに言い切る。
「マリカが最近礼儀作法や勉強を頑張っていると、家庭教師から教えてもらっているからな。これからもっと、すごい人間になるはずだ」
マリカをそっと地面へ下してやると、膝をついて、弾けるような笑顔で褒める。
「よく頑張っているな、マリカ」
「……うん」
きちんと自分の頑張りを見ていてくれたことに、マリカも嬉しそうに頬を緩ませる。
「マリカ」
「お母さま!」
腕を広げておいでと言えば、たたーっと駆け寄ってくる。甘えるように頬を押しつけて、しがみついてくる力強さに娘の成長を感じた。
「まだまだ甘えん坊だな」
後ろからきたテオバルトが揶揄するように呟けば、マリカはくるりと振り返って言い返す。
「だってわたし、お姉さまになるのでしょう? なら今のうちにたっぷり甘えておくべきだと思うの」
母親のまだ平らなお腹を小さな手でそっと撫でながら、こましゃくれた口調で宣言する娘にテオバルトは目を丸くした後、笑った。
「なるほど。それもそうだな。ではお父様もそうさせてもらおう」
そう言って、優しげな目で娘の髪を撫でていた妻の身体ごとテオバルトは抱きしめるのだった。
「お父さま、おもい!」
「俺の愛の重さだ!」
ぐりぐりと頬まで押しつけてくるテオバルトにマリカは悲鳴を上げつつ楽しんでいる。ルティアはそんな二人の姿を見て笑い、ふと大木の下に目をやった。
かつては氷の女王と呼ばれていた彼女が優しい笑みを浮かべ、そんな彼女のそばを守るように一人の男が寄り添っている。小さな女の子も、一緒だった。
「ルティア?」
どうした? と尋ねるテオバルトに何でもないと微笑んだ。
優しい木漏れ日が見せてくれた幸せな光景は、瞬きをするともう、消えていた。でも、それ十分だった。
前世自分を殺した男は、生まれ変わっても愛を捧げる。これからも、ずっと――。