可哀想な猫獣人は騎士様に貰われる
 ◇

「ジルお嬢様?」

 バルコニーに置いたガーデンチェアに腰掛け、先程から微動だにしないジルに、メイドがそっと声をかけた。

 びゃっと跳ね上がったジルは心配そうな顔のメイドに首を振り、何でもないと手を握る。

「お茶をお持ちしましょうか? ジルお嬢様の好きなお菓子もございますよ」
「あ、ええと、じゃあ……お願いします」
「はい」

 ふわふわと花が舞うような笑顔で返事をしたメイドは、小走りに部屋を出ていった。

 ぱたんと閉じられた扉を一瞥し、ジルはガーデンチェアの上でもぞもぞと膝を抱える。欄干でたっぷりと日を浴びて育った鉢植えに手を伸ばし、ピンクの花びらをそうっと撫でた彼女は、今しがた一階から聞こえた話を脳内で反芻した。

「……姫様がお部屋に籠もってたときの相手、オーランド様だったんだ……」

 この耳は自分の意思とは関係なしに、さまざまな音を拾ってくる。一階の応接室の窓が少しでも開いていれば会話はだいたい聞き取れてしまうし、別室に移ったクロエが艶めかしい声を上げていたときは大変困りながら耳を伏せたものだ。

 オーランドが彼の兄であるヴァレリアンと共に、アゼリア王国を手玉にとったこと自体はさほど驚かない。レジーがよく分からない思いを拗らせていたことについては少々ゾッとしたが、多分もう会うことはないだろうから忘れることにする。

 だが、今になってクロエとオーランドの間に主従以上の関係があったと知り──得体の知れない感情がジルを支配していた。

 クロエは、心の弱い人だった。アゼリア唯一の王女で、国王夫妻からも惜しみなく愛情を注がれていた彼女だが、どこか歪みを抱えた女性だったとジルは思う。

 そしてそれはきっと、ジルが彼女の前に現れてから起きた異常だった。

 自分の父親が、表向きは溺愛している妻子を差し置き、若い女に入れ上げていたことが分かったのだから無理もない話だろう。ましてやそれがアゼリアでは差別対象の獣人だったなら、父を穢らわしいとさえ思ったかもしれない。

 ジルの耳は優秀だ。夜な夜な一人で泣き咽ぶクロエの声まで拾ってしまうのだから。彼女が見目のよい男を手当たり次第に寝室へ引きずり込むようになった頃には、すでにクロエの心は崩壊していたのだろう。

 そのせいか、ジルはクロエのことを心から憎んではいなかった。もちろん酷く扱われてきたので好きでもなかったが……皆が思うよりも、王女個人に対するジルの印象はフラットなものなのだ。

 それが今、崩れかけていることにジルは動揺していた。

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