可哀想な猫獣人は騎士様に貰われる
 フォーサイスに連れてこられて約一ヶ月。いつも無口だったオーランドが意外と感情豊かであることを知った。年頃の娘らしい衣服をジルに贈っては、「可愛い」と声に出して褒めたり。メイドに勧められて手を振ってみれば、すぐに側までやってきて抱き上げたり。

 仏頂面は相変わらずだが、何となく喜怒哀楽も分かるようになって、ジルは自分の心が弾んでいることに気が付いた。

 生まれて初めてのことだ。誰かのことを考えて楽しくなるのも、苦しくなるのも。


「──ジル」


 足音は聞こえていた。テーブルに、お菓子を載せた皿が置かれる音も。

「ジル」

 優しく呼びかける低い声は心地が良い。こんな声でクロエのことも呼んだのだろうか。

 いつも恭しく髪を掬って、慈しむように頭を撫でる大きな手で、クロエを抱きしめたのだろうか。

 やむを得ない事情があったことは明白だが、それでもジルの心はもやもやと燻っていた。

「ジル。こっちを向いてくれ」

 三度目の呼びかけでようやく後ろを振り向き、おずおずと視線を持ち上げる。オーランドはどこかホッとしたように目を細めて、その場に片膝をついた。

「どうしたんだ」
「……ごめんなさい、オーランド様」

 ジルは何から言うべきか迷い、ひとまず盗み聞きしてしまったことを謝る。唐突な謝罪に彼は沈黙を返したが、やがて静かな声で聞き返した。

「何の謝罪だ?」
「お話、聞こえてしまって……」
「……そうか。だがそれは別に謝ることじゃない。寧ろ不快になったんじゃないか」

 ジルはかぶりを振ろうとして、控えめに首肯する。オーランドの指先がぴくりと動いたのを後目に、彼女はまとまらない気持ちをそのまま告げることにした。

「もやもや、します。でも、それはオーランド様がアゼリア王国を陥れたことじゃなくって。……姫様が男の人と、その……お部屋に入っていったときは何とも思わなかったのに、オーランド様もいたって知って、何だか、」
「……汚らわしく感じたか?」
「違います!」

 慌てて否定すれば、彼の顔が思っていたよりも近くて驚く。その瞳に仄かな熱が滲んでいることに気付いたジルは、ぞくりと背筋を震わせて後退った。

「そうじゃ、なくて」

 しかしジルは今もガーデンチェアに座ったままで、背凭れよりも後ろに下がることは叶わない。ゆっくりと腰を上げ、次第にジルと距離を詰める様は、獲物を追い詰める獣のごとし。

 逃げ場を失って縮こまったジルは、「そうじゃなくて」とか細い声で繰り返し、今にも噛み付いてきそうなオーランドを見上げた。

 彼は一足先に、ジルの中に生まれた新たな気持ちについて察しているようだった。オーランドたちが数年かけて一王家を滅ぼしたことよりも、ジルが気になって仕方ないこと。それを明確に覚り、今この場で輪郭を持たせようとしている。

 いよいよ互いの鼻先が触れるほどの距離に至ったなら、また「ジル」と名を呼ばれて。


「わ、私も……オーランド様に、もっと、触れてほしいです」


 そうして消え入るような声で絞り出すや否や、唇を塞がれたジルはぎゅうと目を瞑った。

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