可哀想な猫獣人は騎士様に貰われる
「あの、オーランド様」
「何だ」
「きゅ、きゅっ求婚に応じたら、私は名前を変えたほうがいいのですか?」
「いや。君がアゼリア王室の血を引いていることを知るのは、今や俺と陛下だけだ。クロエ王女が虐げていた獣人も、革命のときに命を落としたことになってる」

 だから、とオーランドは彼女の頭頂部に口付けを落とす。

「何も変えなくていい。……最初に言っただろう、ただのジルとして傍にいてほしいと」
「……はい」
「他に気になることは?」
「……」

 ジルが真面目に質問を考えている間、オーランドの手は構わず彼女の耳をふにふにと弄る。まさかこんなに耳が好きだったとは──とジルは見当違いな感想を抱いた後、もぞもぞと顔を上げて尋ねた。

「また今回みたいな、長期間のお仕事はありますか……?」
「うん?」
「あの、もしあるなら、お留守番できるように勉強もします。文字はちょっと読めるんです。計算は全然なので、教えてくれるとうれしいです……」
「ジル、無理はしなくてい──」

「でも……きっと寂しいので、早めに帰ってきてほしいです」

 このひと月で、すっかりオーランドのいる生活に慣れてしまった。今回のような五年以上にも渡る任務があったら、ジルはその間に孤独死しそうな気がしてならない。

 そうならないようオーランド以外の人たちともちゃんと話せるようにならなくては、などと少々焦りながらジルが真剣に今後のことを考えていると。

「わっ」

 いきなり体を横抱きにされ、オーランドが大股に屋内へと戻る。その行き先が寝室であることに気付き、こんな昼間にどうしたのだろうとジルは首を傾げた。

 やがてベッドの上に優しく降ろされたジルは、そのまま噛み付くようなキスをされてパタッと後ろに倒れてしまう。

「ジル」
「ふぁい」

 キスの合間に名を呼ばれ、吐息が触れる距離で返事をする。

「数年も拘束されるような任務は当分ない。あったとしても俺以外の人間をお使いになるだろう。いやそうなるよう下を教育しておくから心配するな」
「は、い」
「それと最後に聞くが、本当に良いんだな。俺は……君が思っている以上に執着心が強いと思う。求婚に応じたらもう離してやれない」
「はっはい……!」

 寧ろ離されたら困る。誰かと一緒に過ごすことの楽しさと心地よさを教えてくれたのは、他でもないオーランドだ。今さら一人で生きていけと言われたら……泣くかもしれないが潔く出ていこう。迷惑にはなりたくない。

 でもそれまではと、ジルが必死に彼の首に腕を回してしがみつくと、オーランドは嬉しそうに華奢な体を抱き返した。

 そして。


「じゃあ、ジルが一時も寂しい思いをしないように俺も今から努力するとしよう」
「……?」


 その言葉の意味をジルが理解するのは、その日の夜を超えた翌朝のことだった。

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