可哀想な猫獣人は騎士様に貰われる
 どうしたのかと不思議に思っていれば、勢いよくクロエがその場に崩れ落ちる。

「ひ、姫様……?」

 極度の緊張で気絶でもしたのだろうか。ジルが恐る恐る姫の方へ身を寄せようとしたなら、それを遮る手が一つ。

 ジルの細く骨ばった肩を押さえたのは、オーランドだった。

「あ、の」

 彼とはあまり話したことがない。姫付きの騎士という立場ゆえ、顔を合わせる機会は頻繁にあったが、言葉を交わすことは滅多になかった。

 どう話せばよいものか迷っていると、オーランドが先に口を開いた。

「足首を切っただけだ。息はある」
「……え」

 切った?

 じわりと冷や汗をかいたジルが咄嗟に視線を移すと、クロエの足元に赤い血溜まりが出来ている。姫はあまりの痛みに声を出すことも叶わず、浅い呼吸と呻き声を交互に繰り返しているようだった。

「な、にを……オーランド……!」

 姫の怒りと苦痛の混ざり合った声に、オーランドはちらりと一瞥するに留めた。

「こちらへ」

 そして何事もなかったかのようにジルに手を差し出す。状況が理解できず固まってしまえば、その大きな手がやや強引に彼女の腕を掴み寄せた。

 首輪に手を掛けられて思わず目を瞑ると、かちゃりとそれが音を立てる。続けて首元の重みと圧迫感が消え失せ、長い鎖ともども床へと落下した。

 幼い頃からずっとジルを戒めていた首輪が、呆気なく外された。その事実に暫し呆けていると、一連の動作を見咎めたクロエが震えた声でオーランドを怒鳴りつける。

「オーランド! 獣人を助けるというの!? 気でも触れたか、この愚か者!」

 失礼ながらジルも姫と同じ感想だった。オーランドは少なくとも五年以上、クロエの近衛を務めてきた優れた騎士だ。これまでに何度か刺客の襲来があったが、そのつど彼は完璧にクロエの身を守ってきたのである。

 ゆえに今回も、たとえ国王夫妻が死んだとしてもクロエだけは逃がすものと思っていたのだが──どうやらクロエもジルも、オーランドという人物を根本から読み違えていたらしい。

 ジルが底知れないものを感じて思わず後退るも、オーランドの方が体格も優れていれば反応も速い。あっという間に背中を引き寄せられ、体を横抱きにされてしまった。

「あ!?」
「オーランド!!」

 床に這ったままのクロエが怒声を上げる。しかしオーランドはやはり何の反応も示さずに、ジルを腕に抱えて踵を返した。

「待ちなさい、オーランド! どうして!? あんなに、あんなに目をかけてやったのに! オーランド──」

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