アンハッピー・ウエディング〜前編〜
この家に来てからというもの、俺はあまり母さんに連絡をしなかった。

精々、メールでのやり取りをするくらい。

その理由は…余計な心配をかけたくなかったからだ。

言いたいことがなかった訳じゃない。色々あったからな。ここに来てから。

初日から、半ばゴミ屋敷と化した家の中を掃除して。

信じられないくらい怠惰なお嬢さんの面倒を見て。

いざ学校が始まったと思ったら、理不尽に旧校舎に押し込められ。

挙げ句そこで、三日間大掃除をさせられた。

そりゃ、誰かに愚痴りたくもなるというものだろう。

しかし、俺は母さんに何も言わなかった。

だって、言っても余計な心配をさせるだけだろ?

どれほど耐え難くても、投げ出して逃げ帰る訳にはいかないのだから。

だったら、不平不満を言う前に…理不尽に慣れるよう、順応するよう努力した方が良い。

その方が、余程建設的というものだ。

そう思って、俺は母さんに「元気にやってる」とだけメールして。

それ以上のことは、何も伝えないようにしていたのだが…。

「大丈夫だよ。達者でやってるから」

のっけから愚痴りたくなるのを堪えて、俺は努めて明るい口調でそう答えた。

達者で…やってるのは事実だしな。

しかし。

『本当に?疲れてない?』

…疲れてるように聞こえた?

だとしたら、さすが俺の母親である。

『学校、始まってるんでしょう?どんな感じ?友達は出来た?』

怒涛の如く、聞きたいことをあれこれ質問してきた。

学校か…。まさか、三日連続で大掃除させられて、心身共に疲れ果てました。とも言えず…。

「始まってるよ。その…色々あって、授業はまだだけど。来週からなんだ」

で、友達…だったな。

「友達は…分からないけど、それっぽい人は出来た…かな」

雛堂と乙無のことである。

あの二人は…友達と言って差し支えない、よな?

俺が勝手にそう思ってるだけ、とかじゃないよな?

『良かった。友達出来たのね』

母さんも嬉しそう。

心配してたのか、そこ。友達の有無を?

『新しい学校には地元の子がいないから、孤立してるんじゃないかって心配してたのよ』

あぁ、そういうこと…。

『それに、あの聖青薔薇学園でしょ?言い方は悪いけど…お金持ちなのを鼻にかけた生徒がいるんじゃないかって…』

…あぁ、そういうこと。

俺も同じ心配をしてたよ。

入学式の日、雛堂と話をするまではな。

「…いや…今のところ、そういう人はいない」

女子部の方はお嬢様学校だけど、男子部の方はお坊ちゃま学校どころか。

地域でも一番学費の安くて、貧乏生徒の通う学校になってるらしいから。

うちのクラスに、お坊ちゃまなんて居るのかね?

『そう、良かった…』

母さんは、心底安心したようだった。

「うん、だから大丈夫だよ。心配しなくても…」

『…それで、その…。無月院のお嬢様とは?上手く行ってる?』

学校の質問の後、母さんはもう一つの心配事を尋ねてきた。
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