アンハッピー・ウエディング〜前編〜
学校が始まってから、一週間経つけど。

昼休みに、乙無が食事をしているところを見たことがない。

俺みたいにお弁当を持ってきてる訳でもないし、雛堂みたいに菓子パンを持参してる訳でもなく。

新校舎と違って、旧校舎にはカフェテリアどころか、学食もないし。

全く何も食べずに、ただじっと窓の外を見つめているか、分厚い文庫本を開いているか、のどちらかである。

「あれ、何やってんだろうな?星見の兄さん、分かる?」

「さぁ…俺に聞かれても」

「腹減らねぇのかね?」

…だから、俺に聞かれても分からんって。

すると。

「…何をじろじろ見てるんですか」

俺達がひそひそ話をしているのが、乙無の耳に届いたらしく。

乙無は不機嫌そうな顔をして、こちらを振り向いた。

地獄耳か。

「乙無の兄さん、さっきから外見て何やってんの?」

「何やってんの、じゃありませんよ。僕は忙しいんです」

呼吸するのにか?

「邪神イングレア様とお話しているんですよ」

…とのこと。

ただたそがれてるように見えたけど、脳内で神様と喋ってたらしい。

へー、ふーん。そうなのか。

「神様と何喋ってんの?今日は良い天気ですね、とか?」

「そんな下らない会話をするはずないじゃないですか。イングレア様が真の力を取り戻す為に、罪の器を満たさなきゃならないんです。それが邪神の眷属たる、僕達の役目です」

謎のドヤ顔。

はぁ、そりゃまた大変そうな役目だな。

…時給、いくらなんだろ。

「また、それを阻もうとする忌々しい巫女共を始末するのも、僕達の役目なので。その為にイングレア様のお言葉を…」

「ふーん、あっそ。それはそれとして、先週からずっと思ってたんだけどさー。乙無の兄さん、昼飯食わねぇの?」

「食べませんよ。脆弱な人間と違って、邪神の眷属たる僕には食事の必要がありませんから」

ドヤァ。

それって、自慢気に誇ることなのか?

「…あれ、マジなのかな?」

「さぁ…。痩せ我慢してるだけじゃね?」

「キャラ作りの為に、昼飯まで我慢すんのかよ…。邪神の眷属も大変だな」

乙無に聞こえないよう、雛堂と二人でひそひそ。

しかし。

「聞こえてますよ。失礼な」

地獄耳の乙無には、ばっちり聞こえていたらしい。

それは悪かったな。

「そうか、それは悪かったな…。でも、昼飯はちゃんと食った方が良いと思うよ、自分。背ぇ伸びねぇぞ」

同感。

邪神の眷属(?)だからって、腹ぺこを我慢するのは良くない。

それなのに。

「大きなお世話です」

とのこと。

意思は固いようだ。そこまでして我慢するか。そうなのか。

食べるも食べないも、個人の自由…だとは思うけどさ…。
< 113 / 505 >

この作品をシェア

pagetop