アンハッピー・ウエディング〜前編〜
「…」

お嬢さんは無言で、寝起きのぽやーんとした顔で俺をじっと見つめていた。

「コイツ誰?」とか思ってんだろうな。

目が覚めたら、目の前に見知らぬ男がいるんだから、無理もない。

悲鳴をあげられなかっただけ、意外とこのお嬢さんは冷静なのかもしれない。

あるいは、単に何も考えていないのかもしれない。

「どうも」

と、俺が軽く会釈して挨拶しても。

「…」

お嬢さんは無言で、しばしぽやんとして…。

「…ぐー」

考えることを諦めたのか、再び目を閉じた。

おい、寝るなって。思考を放棄するな。頑張れ。

「こら、起きろって。何時間寝てるんだよ?」

「うぅん…?…寝てないよー」

俺がこの家にやって来てから、ずーっと寝てた癖に。

どの口で「寝てない」とか言ってんだ?

食べ物のカスを口の端にくっつけて、「つまみ食いなんてしてません」と主張してるようなもんだ。

嘘をつけ。

「起きろ。寝ても良いけど、先に起きて晩飯を食べてくれ」

「んー…。…夜ご飯?」

さっきまで眠そうにしていたのに。

ご飯と聞いて、お嬢さんは突然、パチっと両目を開けた。

お?

「…そういえば、さっきから美味しそうな匂いがする」

それはオムライスの匂いだな。

匂いにつられて、目を覚ましたようだ。

子供か?

「だから、晩飯作ったから食べてくれって」

「うん、分かった」

素直。

まぁ、何にせよ起きてくれたんだから良かった。

ようやく起き上がったお嬢さんは、とてとてと歩いてダイニングキッチンにやって来た。

そう、それで良い。

問題は…お嬢さんがオムライスを食べてくれるかどうか、だよな。

そんな安っぽいもの食べられるか、と逆ギレされるか…。

いや、でもカップ麺食べつけてる奴に、オムライスを安っぽいと言われたくないよな。

お嬢さんは、素直に食卓に着いた。

あ、そうだスープも作ったんだった。

「ちょっと待ってな。スープ入れるから…」

えーと。スープ用の器は…。

この家、絶望的にお皿がないんだよな。

オムライスだって、お皿がないもんだから、さっき俺がスーパーで買ってきた紙皿に乗せている。

そりゃ毎日カップ麺とレトルト食品ばっかり食べてるなら、お皿なんて必要ないだろうが。

これから毎日自炊するつもりなら、買ってこないとな、お皿。

上等なブランドのお皿じゃないと嫌だ、とか言わないよな…?

俺自身は、食器なんて割れなきゃ何でも良い。

何なら百均でも良い、と思ってるくらい貧乏性だからな。

そこのところ、お嬢さんと価値観のすり合わせを…。

…と、思いながら。

スープのお皿が見つからないから、仕方なく味噌汁用のお椀にコンソメスープを入れて、食卓に戻ってくると。

「もぐもぐ。もぐもぐ」

「…」

お嬢さんは、一心不乱にオムライスを頬張っていた。
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