アンハッピー・ウエディング〜前編〜
雛堂が言ってたじゃないか。お嬢さんを見るなり。

「あの」無月院家のお嬢様だ、って。

お嬢様揃いの聖青薔薇学園でも、うちのお嬢さんは、ひときわ高貴な生まれだ。

あまりに畏れ多くて、誰も近寄らない。

お嬢さんの機嫌を損ねたら。下手に関わったら。どうされるか分からない。

無月院家のご令嬢というだけで、遠巻きに見られて、腫れ物に触るような態度で接される。

…これまでずっとそうだった、のか。

だから…学校に友達もいなくて。

「…」

俺には想像することしか出来ない。俺みたいな平民の生まれじゃ。

名のある名家に生まれた、お嬢さんの苦労なんて。

でも…寂しかったんだろうな。

特に、うちのお嬢さんは…。無月院本家の中でも…あまり良い境遇とは言えなかっただろうし。

お嬢さんが、おままごとだのお絵描きだの、やたら子供っぽい遊びばかりしている理由が分かった。

幼稚園や小学校のときに、そういう遊びをしたくても、誰も相手にしてくれなかったから。

本来そういう遊びをする年齢のときに、全然出来なくて…満たされなくて。

その寂しさ故に、未だにそんな…子供っぽい遊びに付き合ってくれる人を求めていたんだ。

そう思うと、俺はお嬢さんに申し訳なくなった。

あんな適当にあしらうんじゃなくて、もっとちゃんと相手してやれば良かった。

「悠理君が遊んでくれて嬉しかったけど、でも…悠理君もお友達じゃないんだ…」

「…」

「…じゃあ、良いや。一人で遊ぶ…」

くるりと踵を返し、とぼとぼと歩き去ろうとするお嬢さんの手首を。

俺は、ガシッと掴んで止めた。

「ちょっと待て」

「…?」

これまでずっと、お嬢さんを遠巻きに見ていたクラスメイトの気持ちは、俺だってよく分かるよ。

俺もお嬢さんの婿に命じられなかったら、多分同じように振る舞っていたと思う。

無月院家のご令嬢なんて、下手に近寄ったら何があるか分からない。

お嬢さんに会うまでは、ずっと勝手な想像ばかりしてたよ。

「あの」無月院家のご令嬢なんだから、きっと高飛車で高慢で。

金持ちなのを鼻にかけた、嫌味な奴なんだろうってな。

俺みたいな平民のことを小馬鹿にしてるんだろうって、勝手に誤解してたよ。

今思えば、本当に下らない誤解だ。

根拠も何もないのに。

こうしてお嬢さんと一緒に暮らして、一緒に過ごしてようやく分かったのだ。

本当のお嬢さんは、俺が想像していたような人じゃないって。

子供っぽくて素直で無邪気で、悪意ってものを知らない。

寂しがり屋で、未だに子供らしい愛情に飢えている。

それが、本当のお嬢さんなんだって。
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