アンハッピー・ウエディング〜前編〜
「家の中の遊びなら、何でも付き合ってやるよ」

だから、公園の砂場は勘弁してくれ。

「家の中で…。じゃあ、お人形遊びしても良い?」

「うっ…い、良いよ…」

「やったー」

良いのか?俺。安請け合いしてないか?

あぁ、もう考えないでおこう。

なるようになれだ。

「それからね、それから一緒にパズルやりたい。って、それはさっき言ったか。あとだるまさんが転んだと、あっ、トランプも一緒に…」

「はいはい、分かったから。一個ずつな?」

「えーっとえーっと…他にも色々やりたいことがあるの」

分かってるよ。

そんな急いで言わなくても、一個ずつ順番に付き合うよ。

「良いの?一緒に遊んでくれる?悠理君、私のお友達になってくれるの?」

「あぁ、なるよ」

今更撤回なんかしないし、そんな気もないよ。

友達…くらいなら、無月院本家も見逃してくれるだろう。

いずれにしても、俺がこの家にいてお嬢さんの面倒を見てくれるなら、文句はないだろうし。

「やったー、嬉しい。私、今凄く嬉しいよ」

「そうか。それは良かったな」

顔見たら分かるよ。目ぇキラキラしてるもんな。

そんなに寂しかったのか。こう見えて、お嬢さんも色々我慢してきたんだろうな…。

人に言えない苦労みたいなのが。普段は呑気な顔してるから、全然そんな風に見えないけど…。

「ねぇ、悠理君。お友達のお願い聞いてくれる?」

あ?

「お願い?…良いけど、何だ?」

「私のこと、名前で呼んで欲しい」

「…」

…そう来たか。

これまでずっと…目を背けてきたんだが。

「だって、悠理君。ここに来てから一回も名前で呼んでくれたことないよ」

「それは…」 

名前で呼び合うような仲じゃないと思ってたから。

俺にとってお嬢さんは、自分の主人みたいな存在で…。

ご主人様を、気安く名前で呼ぶ訳にはいかないじゃないか。

しかし…。

「今はお友達になったんだから、お友達なら、名前で呼ぶのは普通でしょ?」

「まぁ…そうだな」

「だから、名前で呼んで欲しいんだ。駄目?」

…駄目、じゃないけど。

これまでずっとお嬢さん呼びだったから、今から名前を呼ぶのは気恥ずかしい…ような。

…って、何を少女漫画のヒロインみたいなこと言ってんだ、俺は。

名前くらい普通に呼べば良いだろ。ましてや、友達になったんだから。

それに、今なら分かる。

そこまで気を遣って遠慮しなければならない「お嬢さん」じゃないってことがな。

だったら、俺もこれからは…もう少し気楽に振る舞わせてもらうよ。

「ちゃん付けして良いよ。私も悠理君って呼んでるし」

「いや…ちゃん付けはさすがに…」

女友達じゃないんだから…。

でも、だからって様付けは仰々しいし。

ちゃん付けは馴れ馴れし過ぎるし…。

残る選択肢は…。

「…じゃ、さん付けで良いか?」

フランク過ぎるか?

「うん、良いよー」

…言い出すお嬢さんじゃないよなぁ。

分かったよ。じゃあ、遠慮なく。

「えっと…。宜しくな、…寿々花(すずか)さん」

「うん、宜しくね。悠理君」

こうして。

今日からお嬢さん…改め。

無月院寿々花は、俺の友達ということになった。 
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