アンハッピー・ウエディング〜前編〜
…翌日。

『ぶははは、そっかそっか。星見の兄さん、ホラー駄目な人だったかー!』

「…嬉しそうに言ってんじゃねぇぞ…」

俺は文句を言う為に、雛堂に電話した。

あんたの勧めたホラー映画のせいで、酷い目に遭ったって。

文句言ってやらなきゃ、気が済まなかったんだよ。

…え?八つ当たり?

うるせぇ。

『まぁまぁ、そんな落ち込むなって。あのシリーズ、いつもめちゃくちゃ怖いからさ。ホラー映画好きの人からも恐れられてるくらいなんだよ』

そんなレベルの高いホラー映画を、初心者に勧めないでくれよ。

『でも、最初にあれを観たら、少々のホラー映画くらいなら余裕だと思うぞ』 

そうだろうよ。

一気にホラー耐性が上がったような気がするもん。

トラウマの代償は大きい。

どうしてくれるんだよ。

今朝なんて、覚悟を決めて冷蔵庫開けたけどさ。

だってしょうがないじゃないか。このまま冷蔵庫から逃げ続ける訳にはいかない。

頑張って開けたけど、開ける前に台所に立って、5分は葛藤してた。

冷蔵庫の扉を掴んで、5分も葛藤する奴なんて俺くらいのものだよ。

傍目から見たら、相当怪しい不審者だったと思う。

怖かったんだから仕方ないだろ。

「完全に油断したよ。ゾンビが全然怖くなかったから、これなら大丈夫だって…」

『あー、あのゾンビね。刺さる人は刺さるんだけど…悠理君、パニックホラーはあんまり好きじゃなかった感じ?』

「あぁ。いまいちだった」

ゾンビの方はな…大したことなかったんだよ。

だからこそ油断してしまったんだが。

『そっかー。…妹ちゃんは?妹ちゃんとお姉ちゃんは、一緒に観たの?』

…寿々花さんのことか?

妹でも姉でもないけど…。

「…あぁ、一緒に観たよ」

『どんな様子?星見の兄さんみたいにビビって逃げ出した?』

確かに俺はビビってたけど、でも逃げ出してはいないぞ。

一応ちゃんと、最後まで観たよ。

…視線は逸らしてたけどな。

「…逃げ出すどころか、お眼鏡に適ったらしくて…今、二回目を観てるよ」

『おおっ、マジかよ』

俺が呑気に雛堂に電話しているのは、テレビが寿々花さんの相手をしてくれているからだよ。

あのお嬢様、ホラー映画が大層気に入ったらしく。

今朝起きてくるなり、「もう一回観たい」なんて言い出した。

トチ狂ったのかと思ったよ。あれをもう一回観たいだなんて。

あろうことか、「悠理君も一緒に観ようよ」なんて言い出してさ。

あのトラウマをもう一回なんてとんでもない。

「今日は溜まった家事があるから」とか言って必死に誤魔化して、何とか二回目の恐怖からは逃れられた。

え?情けないって?

うるせぇ。

誰が何と言おうと怖いものは怖い。それがよく分かった。
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