アンハッピー・ウエディング〜前編〜
…何だよ、その顔は。

青天の霹靂だったか?

「…初めてそんなこと言われた」

と、寿々花さんはポツリと呟いた。

は?

「真面目に勉強しなさい、なんて…生まれて初めて言われた」

「…あ、そう…」

…俺なんて、小学校のときに言われたんだが?

俺に限らず、高校生にもなれば誰でも言われたことあると思ってた。

言われない?普通。親とか先生とかに。「勉強しなさい」って。

まぁ、俺はそこそこ真面目に勉強する方だったから、そこまで口うるさく言われたことはないけど…。

すると、寿々花さんは突然不思議な質問をした。

「私、勉強なんてしても良いの?」

…は?

「しても良いの、って…。…しちゃ駄目なのか?」

勉強しないといけない人、なら無限にいるだろうけど。

勉強しちゃいけない人、なんてこの世に存在すんの?

どういう事情があったら、そんなことになるんだ。

「しちゃ駄目…ではないけど、する必要ないって…。だから、真面目になれなんて言われたの、悠理君が初めてだ」

「え…」

「私は勉強もしなくて良いし、何も努力する必要はないんだって。小さい頃から、いつもそう言われてた」

「…」

…そうなの?

それは、その…実家の、無月院本家にいた頃の話だよな?

「何で…寿々花さんは努力しなくて良いんだ?」

おかしいだろ。

むしろ、無月院の娘だからこそ、家名に恥じないように努力しろと言われるのが筋では?

「それは…私は、お姉様ほど優秀じゃないから…」

寿々花さんは俯き気味に、小さな声でそう言った。

寿々花さんの口から、自分の家族の話が出るのは初めてだった。

お姉様、という言葉を聞いて思い出した。

…そういや、無月院本家には…寿々花さんともう一人、娘がいるんだったな。

話には聞いたことがある。

寿々花さんの姉。無月院家の長女。

名前は、確か…。

「…椿姫(つばき)さん、だったか」

「…うん。三つ年上の私のお姉ちゃん」

俺みたいな下っ端は、当然会ったことがない。

寿々花さんに会ったのだって、この春が初めてだったのに。

噂にしか聞いてないけど…寿々花さんの姉、無月院椿姫は…とても優秀な人物だと聞いている。
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