アンハッピー・ウエディング〜前編〜
会ったことはないけど、自慢話なら何度も聞かされたよ。

無月院家の長女様は、大層優秀な人で。

文武に秀で、容姿も見目麗しく、かと言って驕ったところはなく。

誰にでも平等で優しく接する、非常に優秀な無月院家のご自慢の跡取りなのだと。

そうか…。これまで強く意識したことはなかったけど。

寿々花さんは、あの椿姫お嬢様の妹なんだよな。

ぶっちゃけ、そんなのどうでも良かった。

だって椿姫さんも寿々花さんも、分家の下っ端である俺にとっては、どちらも雲の上の人だったからさ。

でも…寿々花さんにとっては…。

「私が生まれたときには既に、お姉様は才覚を見込まれて、将来を期待されてて…。だから、誰も私には期待してなかったの」

「…だから、あんたは何も努力する必要ないって?」

「…」

寿々花さんは、小さくこくりと頷いた。

…酷い話じゃないかよ。

いくら姉が優秀だろうと、姉は姉、妹は妹だろ?

姉が優秀だから、妹は何もしなくて良い…というのはおかしいと思うぞ。

…何不自由なく、蝶よ花よと育てられたお嬢様だと思っていた。

確かに、生活で不自由することはなかっただろう。

だけど…寿々花さんは寿々花さんなりに、結構苦労してきたのかもな。

これまでずっと一人ぼっちだった、って言ってたもんな。

あれは学校だけではなく、家の中でもそうだったのかもしれない。

なまじ優秀な姉を持つものだから、周囲の関心は全部姉に向けられて。

寿々花さんの方を見てくれる人は、誰もいなかった。

それどころか、姉が優秀なんだから、お前は特に努力する必要はない、なんて…。

あんたには何も期待してないから好きにしろ、ってことだろ?

ネグレクトじゃないかよ。

衣食住だけは保証されて、でもそれ以外は全部放ったらかしにされて育てられて…。

その挙げ句、年頃になったら家から追い出して、世話係として分家の俺を宛てがって。

あとは適当にやってろ、とそっぽを向く。

…そりゃそんな目に遭わされたら、健気に努力しよう、頑張ろうなんて思わないよな。

いくら頑張っても、誰にも褒められない、何も報われないんだからさ。

人間、何事も努力出来るのは、その努力に対して何らかの見返りがある時だけだ。

良い成績を取って褒められたいとか。自己肯定感を満たしたいとか。

努力しても何も満たされない、何の見返りもないのに…努力する気になんてなれるはずがない。

ましてや寿々花さんはこれまで、努力して報われるという経験が一度もなかったのだろう。

だから余計に…真面目に努力するということがなかったんだろうな。

…成程、よく分かった。

そういう寿々花さんの事情も知らず。

ただ頭ごなしに「勉強しろ」、「真面目にやれ」などと軽々しく口にして悪かった。

「…嫌なこと聞いて悪かったな」

「…ううん、別に…。昔からそうだったから。今は…もう何とも思ってないから」

「…」

嘘つけ。

何とも思ってなかったら、そんな寂しそうな顔をするものかよ。
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