アンハッピー・ウエディング〜前編〜
俺と母の生まれた一族は、無月院(むげついん)家という、自称由緒正しい名家の血筋だった。

それだけ聞くと、立派な家柄の生まれのように思えるかもしれないが。

立派なのは、無月院の本家のみであって。

分家に生まれた俺や母は、本家の人家にぺこぺこと頭を下げ、常に本家の顔色を伺わなければならない立場だった。

特に俺達親子は、無月院家の分家とは名ばかりで、本家のように立派な門構えの邸宅…どころか。

今にも壊れそうな、ちっぽけな借家に住んでおり。

母は本家の「慈悲」に縋って、本家の小間使いのようなことをして、何とか日銭を稼いでいるような生活だった。

母もまた、若い頃に無月院本家の意向で、一族同士で強制結婚の犠牲となった。

そして俺が生まれたのだが、ろくでなしの父は、母のことも俺のことも顧みるような人ではなく。

他所に女を作ったとか借金を作ったとかで、本家から追い出されて、今は行方が知れない。

俺も、父のことはあまり記憶に残っていないが。

ろくでなしの父のせいで、散々一族から罵倒され、馬鹿にされ、泣いている母の姿はよく覚えている。

母をこんなに苦しませた父を、絶対に許せないと思った。

自分は絶対、こんな人間にはならないと…。

そして時が経ち、俺もまたこうして、強制結婚の犠牲になろうとしている。

政略結婚ではない。これはあくまで、強制結婚である。

俺の結婚相手は、なんと無月院本家直系の娘だそうだ。

本家のお嬢様のもとに、分家の俺が婿入りさせてもらう形である。

表向きは、逆玉の輿と言えるだろう。

だが、実際は違う。

俺が婿入りするのは、無月院本家の次女。

非の打ち所がない、と一族の誰もが褒め称える長女ではなく、その妹だ。

噂によると、無月院本家の次女は、長女と比べて少々…いや、かなり頭が足りず。

とても優秀とは言えない、本家にとっては恥にもなり得る…厄介者であるらしい。

俺と同じだ。

だから要するに、この結婚は。

このままじゃ嫁の貰い手も、婿入りの宛てもなさそうな本家のお荷物お嬢さんと。

大した利用価値もない、薄汚い分家のみそっかすをくっつけただけ。

本家にとって、一族の余り者同士を引き合わせただけなのだ。

従って俺の役目は、その頭の足りない、本家の厄介者であるお嬢さんの面倒を見ること。

それも、一生かけて、だ。

次女とはいえ、本家のお嬢さんのもとに婿入りするのだから、これは逆らえない命令のようなものだ。

俺は死ぬまで、そのお嬢さんのお世話係として、面倒を見なければならないのだ。

会ったこともなければ、顔も名前も知らない相手と。

分家の出来損ない扱いされている俺が、本家のお嬢さんと顔を合わせる機会なんて、まず滅多にない。

次女じゃなくて、優秀な長女の方は、新年の親族挨拶のときに何度か見たことがあるが。

そのときだって、遠目から眺めるだけで、挨拶でさえ言葉を交わすなど畏れ多い。

下っ端分家の俺じゃあ、声をかけることさえ叶わなかった。

次女の方は、見たことも会ったこともない。

親族挨拶のときも見たことがないから、恐らく意図的に姿を見せないようにしていたのだろう。

次女は頭が足りないって話だからな。

恐らく、次女を表に出すと本家の体面が傷つくからとか、そんな理由でわざと隠されていたんだろう。

そんな「箱入り娘」の婿にしてもらえるのだから、実に光栄な話じゃないか。なぁ?
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