アンハッピー・ウエディング〜前編〜
そりゃ寿々花さんがいくら頑張ってもさ。

生まれながらの天才である椿姫お嬢様には、到底敵わないのかもしれない。

でも、別に姉妹で勝負する必要はないだろ?

寿々花さんは寿々花さん、椿姫お嬢様は椿姫お嬢様。

別々の人間なんだから、得意不得意が別々なのは当たり前なんだよ。

頭の固い無月院本家のお偉いさんには、それが分からないんだ。

「何も特別である必要なんかない。寿々花さんは寿々花さんなりに、自分に出来る努力をしたら良いと思うぞ」

「そうかな…?悠理君、本当にそう思う?」

「あぁ、勿論」

「…椿姫お姉様だったらもっと上手く出来るのに、って言ったりしない?」

言われてきたのか?これまで。そんなことを。

自分のやること全部、逐一、姉と比べられてきたのか?

何でそんな言い方をするのかね。

他人と比べても仕方ないだろ。自分と違う人間なんだから、違っているのは当たり前だ。
 
そうじゃなくて、比べるなら過去の自分と比べるべきだろ。

ポンコツの俺でも、そんな簡単なことくらい分かるのに。

無月院の頭の固い連中には、分からないらしい。

…そんな分からず屋共のせいで、すっかり寿々花さんは自分に自信を失っている訳だな。

「言わないよ、俺は。そもそも俺、あんたの姉さん会ったことないし」

精々、新年の親族の集まりで、ちらっと見たことがある程度だ。

確かに綺麗な人だとは思ったが…近寄りやすいタイプって感じじゃなかったな。

相手が無月院のお嬢様だから、余計にそう思っただけかもしれないけど。

「本当?頑張ったら褒めてくれる?」

「良いよ。寿々花さんが頑張るなら、俺はいくらでも褒めるよ」

怠惰なのんびり生活をやめて、心変わりして高校生らしく真面目な生活を送るなら。

俺で良ければ、いくらでも褒めてやるよ。

「そっか。…そっか」

うんうん、と頷く寿々花さん。

…少しはやる気になったか?

「じゃあ、悠理君に一個お願いしても良い?」

「お願い?」

「うん。今度の試験で成績が上がったら、何でも一つお願いを聞いて欲しいの」

…とのこと。

小学生のとき、両親とやらなかったか?

今度のテストで百点取ったら、欲しいゲーム買ってあげる、みたいな。

俺もやったことあるよ、小学校低学年くらいのとき。

漢字テストで百点取ったら、行きたがってたテーマパークに連れてってもらえるって約束してさ。

すげー頑張ったんだけど、一問だけ間違えて99点で。

半泣きになってたら、「百点じゃなかったけど、頑張ったからご褒美あげる」って、結局連れてってもらった。

あれを、高校生になってやろうってか。

成程…。「何でも」ってのが少々引っ掛かるが。

折角、珍しく寿々花さんがやる気になってるんだから。

ここで腰を折るのは…ちょっと可哀想だもんな。

それに、幼い頃から姉と比べられてきた寿々花さんは、そういう子供っぽい約束事をしたことがなかったんだろう。

誰にでも必要だよ。そういう経験はさ。

「分かった。良いよ」

俺がそう答えると、寿々花さんはぱっと顔を明るくした。

「じゃあ、私頑張る」

「よし」

やる気になったみたいだな。
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