アンハッピー・ウエディング〜前編〜
…なんて、思っていた時期が俺にもありました。

心頭滅却したって、熱いもんは熱いし冷たいもんは冷たい。

それがよく分かった。

「面白かったねー、悠理君。ふわーってしたね。ふわーって。お尻が浮いちゃったよ」

「…」

「景色綺麗だったね。一瞬しか見えなかったけど。上がったり降りたりするの面白かったー」

「…」

「…悠理君、目が白目になってるけど大丈夫?」

…大丈夫なように見えるか?これが。

魂がさ…。魂が、口から出ていったような気がする。

…三大マウンテン乗り越えたんだから、タワハムも大丈夫だろうとか言ってた奴、誰?

ちょっとここに連れてきてくれよ。一発ぶん殴ってやるよ。

フリーフォールアトラクションは、ジェットコースターとはまた違う恐ろしさがあるのだと、俺は人生で初めて知った。

…知りたくなかったなぁ…。こんなこと…。

アトラクションが終わった後、腰が抜けて立ち上がれなくてさ。

キャストさんに助け起こしてもらったよ。情けないったらありゃしない。

しかも。

「あ、ほら見て。写真印刷してくれるんだってー」

昨日のハムラッシュ・マウンテンみたいに、落っこちる寸前の写真を撮影されていた。

頼むから買わないでくれ。一生の恥が残ってしまう。

が、息を整えるのに必死で、寿々花さんを止めることが出来ず。

「注文してきちゃったー」

…買いやがった。写真。

つーか、写真印刷してもらうだけで2000円くらい取られるの。ボッタクリだよなぁ…。

案の定、エレベーターが落ちる瞬間の俺は、この世の終わりみたいな顔をしていた。

情けないけどさ。でも俺だけじゃねーから。

後ろや横に写ってる人も、皆びっくりした顔や怯えた顔してるから。

余裕綽々で、ぽやんとした表情をしてるのは、寿々花さんくらいだよ。

羨ましいくらいの余裕だな。

あんたには、焦るとか怯えるとかいう感情が存在するのか?

でも、乗り越えたぞ。

ハムスターリゾート最恐のアトラクションを、無事に乗り越えた。

これを乗り越えさえすれば、他の絶叫系は余裕だろ。

「…よし、大丈夫だ…。次は何に乗りたいんだ?今の俺なら、もう何でもだいじょう、」

「うーんとね、あれ乗りたい。センター・オブ・ジ・ハムスター」

「…」

寿々花さんが指差すのは、このハムスタースカイでひときわ目を引く、大きな火山のアトラクション。

…さっきから、不定期に火山が爆発したような音と共に、人々の悲鳴がこだましてる。

もう、何処からどう見ても、紛うことなき絶叫系アトラクションだな。本当にありがとうございました。

…聞こえない振りをしていたけど、駄目か…。やっぱり逃げられないか。

「その後はね、うーんと、このレイジングハムスターと、インディーハムスターに乗ってー」

ガイドブックを見ながら、次々に乗りたいアトラクションを口にする寿々花さん。

どれもこれも、言うまでもなく絶叫系。

…乗り越えられる…と思ったけどさ。

果たして俺は今日、無事に家に辿り着くことが出来るのだろうか?
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