アンハッピー・ウエディング〜前編〜
やれやれ、見つかって良かった。

「…はぁ…」

心底ホッとして、俺は安堵の溜め息をついた。

しかし寿々花さんは、俺が溜め息をつくのを見て。

「…怒ってる?悠理君、怒ってる?」

と、聞いてきた。

え?いや…。別に。

「怒ってないけど…」

今の溜め息は、寿々花さんを責めるつもりじゃなくて。

ホッと一安心した、安堵の溜め息だからさ。

怒っていると言うならむしろ、寿々花さんよりも自分に対して腹が立つ。

自分の迂闊さを反省しているところだよ。

短い間でも、この人混みで、寿々花さんと別行動なんかするんじゃなかった。

「怒ってない?」

「怒ってないよ。無事に見つかって良かった」

「そ、そっか…」

…寿々花さん。ちょっと焦ってる?

え、マジで?タワー・オブ・ハムスターですら、全くビビってもないし焦ってもいなかったのに。

こんなことで焦る?

「…」

寿々花さんはしばし、気まずそうに視線を彷徨わせ。

そして、はっと思い出したように、緑色のスパークリングカクテルを差し出した。

「そうだ、これ…。さっき、悠理君の分も買ってきたの。はい」

「あぁ。ありがとう…」

これが欲しかったんだよな。この緑色のカクテルが。

…メロンソーダ?

緑色の飲み物って言ったら、メロンソーダか青汁くらいしか出てこないけど…。

一口飲んでみたら、よく冷えていて、爽やかな甘みが口いっぱいに広がった。

疲れた身体に染み渡る。

寿々花さんが見つからなかったらどうしようって、焦ったよ。

この二日間、どのアトラクションに乗ったときよりも緊張した。

「…ねぇ、悠理君」

「どうした?」

寿々花さんは、叱られた子供のようにしおらしい顔をして。

「心配かけてごめんね」

と、謝ってきた。

…え。何それ。

そんな改まって言われると…反応に困るんだけど。

「いや、その…。俺の方こそ、目を離して…一人にさせてごめんな」

釣られて俺も謝ったが、寿々花さんは、ふるふる、と首を横に振った。

…なんか、しんみりした空気になったな。

「…もう良い。この話はやめにしよう」

見つかったんだから、それで良いんだよ。

迷子の子供を探すときだってそうだろ。探してるときは焦って、迂闊に目を離した自分に腹が立って。

でも、いざ見つかって再会して、相手の顔を見たら…一瞬にして、そんなのどうでも良くなる。

あぁ良かった、また会えて良かったって。頭の中はそれだけだろ?

そういうことだよ。

…しかし、ここで安心しきって、反省点を活かさないのは愚か者だからな。

「一応聞いておくんだが、寿々花さん。あんた…スマホの電話番号は?」

「…すまっほ?」

きょとん、と首を傾げる寿々花お嬢さん。

「携帯電話だよ」

「携帯?…持ってない」

「…」

やっぱり持ってないんだ。

…な?言わんこっちゃない。

今時、スマホどころか携帯電話すら持ってない女子高生がいたとは。

ますます、目を離す訳にはいかなくなったな。
< 316 / 505 >

この作品をシェア

pagetop