アンハッピー・ウエディング〜前編〜
…あんたなぁ。

自分の家とはいえ、仮にも男の部屋に、ノックもせずに入ってくるんじゃねーよ。

…なんて、寿々花さんにいくら口を酸っぱくして言っても、聞かないけどな。

「…どうしたよ?」

「支度終わった?私は終わったよー」

そうかい。

「俺はもう少し…。今やってたところだよ」

「そっかー。…あれ?」

「あれ?」

「…荷物、そのリュックに入れて行くの?」

寿々花さんは、俺の手元のリュックサックを見下ろしながら聞いてきた。

「?そうだけど…」

「スーツケースは?持っていかなくて良いの?」

スーツケースって。

スーツケース持って動物園に行く人、見たことないんだけど?

よっぽど遠くから来たならいざ知らず。

「何を入れるんだよ。スーツケースなんて」

「?普通じゃないの?皆持ってくるみたいだけど」

そりゃあんたのクラスメイト、女子部の生徒の話だろ?

「いや…そんな入れるものないから。日帰りだろ?」

「うん」

「日帰り遠足に、何でスーツケースが要るんだよ」

「?水着とかドレスを入れるのに。プールで泳ぎたい人は水着を、ダンスルームでダンスしたい人はドレスを持ってきなさいって、先生が」

あー、はい。成程そういうことね。

俺は勿論乗ったことないから知らないけど。

ああいう船って、舞踏会みたいなパーティーが開かれるんだろ?

そこにドレス着ていく訳ね。

遠足にドレスを持っていくなんて…さすがお嬢様。

遠足なんて、弁当と水筒とビニールシートだけ持ってりゃ良いんだよ。

「あとね、お菓子。お菓子も持っていくんだー」

うきうき、と寿々花さんは楽しそうに言った。

あんた、豪華客船に乗りに行くのに、お菓子持参って。

小学生じゃないんだから。余計なものは置いていきなさい。

「やめとけって…。船の中のカフェでアフタヌーンティーするんじゃなかったのかよ」

豪華客船に乗ってまで、誰がポッキーやポテチを齧ってるんだ。

やめなさい。

ただでさえ俺のお弁当なんか持って行って、悪目立ちするだろうに。

「明日悠理君のお弁当、楽しみだね。夜眠れるかなー」

「はいはい…。今夜は早めに寝ろよ」

楽しそうで何より。

このところ、好き嫌い克服プロジェクトやら、円城寺の一件やらで、落ち込むことが多かったからな。

せめて学校の遠足くらいは、楽しんできて欲しいものだ。
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