アンハッピー・ウエディング〜前編〜
「あ、そうだ。えっと、えっと、クラッカー持ってきたんだった」

寿々花さんは、眠りこけていたソファの周りを手で探り。

「あ、ほらあった。クラッカーをね、ぱーんって、悠理君に」

「何処から持ってきたんだよ、そんなもの…」

「えーっと、確か紐を引っ張って…えい、えい」

「ちょ、馬鹿。逆だよ、それ。自分に向けて発砲するんじゃない」

クラッカーの先を自分の方に向けて紐を引っ張ろうとする寿々花さんを、俺は慌てて止めた。

危ないところだった。

「でも、人に向けじゃ駄目だって」

「いや、あのな。お箸じゃないんだから…。クラッカーは相手に向けないと。自分を祝ってどうするんたよ」

「紐引っ張ってるのに、何にも出ないよ。…不発弾…?」

「…もう良いよ、クラッカーは…」

気持ちだけで。気持ちだけで充分嬉しいから。

それよりも。

「あんたが早起きするとは、珍しいな。いつから待ってたんだ?」

「え?…日付が変わった頃から」

…えっ。

「悠理君がいつ起きても良いように、ずっとここで待ってたの」

「…夜中から?ずっと?」

「うん。一番におめでとうって言ってあげたくて」

成程。そういうこと。

今すぐベッドに戻って寝ろ。

そりゃ居眠りもするわ。まさか、日付が変わってからずっとここで待ってたなんて。

遠足が待ちきれない子供かよ。

「悠理君の為に頑張ろうと思ってたん…だけど」

寿々花さんは、ちらりとキッチンの方を向いて言った。

「…もしかして、私が居眠りしてる間に、朝ご飯出来ちゃった?」

「え?うん…。普通に、いつも通りの朝飯作ったけど…」

「…」

「…なんか、駄目だった?」

「…うん、駄目」

…駄目だったか。そうか。

「今日は悠理君の誕生日だから、悠理君はお殿様じゃないといけないんだよ」

…お殿様?

って、どういう意味?

「悠理君への誕生日プレゼント、色々考えて…。抱き枕も時計もケチャップも要らないって、悠理君が言うから…これにしたの」

そう言って、寿々花さんは。

名刺くらいの大きさの紙を20枚くらい、ホッチキスで留めたものを差し出した。

何だこれ?

えぇと…文字が書いてある。

「悠理君お殿様券。この券を使ったら、悠理君は一日何も仕事をせずに、ゆっくりお殿様みたいに過ごすことが出来るんだよ」

何故か、えへん、と胸を張って言う寿々花さん。

お殿様券…って。

…あれか。肩たたき券みたいなものか?

子供が、母の日とか父の日に親にプレゼントする定番の。

人生で初めてもらったよ。こんなの。
< 462 / 505 >

この作品をシェア

pagetop