アンハッピー・ウエディング〜前編〜
実質、有給休暇みたいなものだな。

この券を使ったら、俺は一日仕事から解放されて、ゆっくりお殿様みたいに過ごすことが出来ると…。

成程、さすが発想がお子様だな。寿々花さんは…。

鳩時計よりは、何十倍かマシ。

「今日は悠理君のお誕生日だから、その券を使ってね。今日は一日、悠理君はお殿様になるんだよ」

「お殿様…って言われてもな…。何すれば良いんだ?」

「何もしなくて良いんだよ。ゆっくり羽根を伸ばして、お殿様みたいに『上様のおなーりー』ってすれば良いの」

何処で覚えてきたんだ?そんな言葉。

…それよりも。

何もしなくて良い…か。この家に来てからずっと、毎日家事に追われてたから。

何もしなくて良いと言われると、逆に違和感があるって言うか…。

「悠理君、いつも働き者だから。たまには休まなきゃ駄目だよ」

そりゃどうも。

そうだな。誕生日くらい、ちょっと家事をサボっても良いかも…と、思っていると。

寿々花さんが、とんでもないことを言った。

「その代わり、今日は私がおうちのことをするから」

…えっ。

俺はぎょっとして、意気込む寿々花さんを見つめた。

やる気に満ち満ちている。…いつになく。

寝不足だろうに。本当に大丈夫か?

「うちのことって…」

「ご飯作ったり、お掃除したりお洗濯したり…。朝ご飯は、悠理君が作っちゃったけど…。…でも、それ以外は全部私がやる。悠理君がいつもやってること、全部」

…マジで?

本気か。本気でやるつもりなのか?

勇気と無謀を履き違えるな、って偉い人が言ってただろ。知らないのか?

「いや…でも、さすがに…。寿々花さんに使用人の真似事をさせるのは…」

無月院家のお嬢様が、使用人やメイドの仕事なんて。

それは俺の役目だろ。

そんなこと寿々花さんにさせたなんて知られたら、本家に何て言われるか。

…しかし。

「大丈夫。いつも悠理君がやってるのを見てるから」

何処から出てくるんだ、その自信は。

「悠理君がいつもやってるのに、私がやっちゃ駄目ってことはないでしょ?」

「それは…駄目ではない…かもしれないけど…」

「じゃあ、決まりだね。今日は私が全部家事をするから、悠理君はお殿様」

一方的に決められてしまった。

不安しかない。不安しかないんだが…。

いつになくやる気満々だから、「やっぱりやめて」と言える雰囲気でもなく。

…ヤバそうだったら、止めよう。

ごめんな、無月院本家の皆様。

俺は今日お殿様らしいから、寿々花さんに任せてみるよ。
< 463 / 505 >

この作品をシェア

pagetop