アンハッピー・ウエディング〜前編〜
我が家の洗濯機は、所謂乾燥機付き洗濯機である。

洗濯物を放り込んで、洗って、乾燥までしてくれる優れもの。

しかし普段、俺は乾燥機としての機能は使っていない。

洗ったら、いちいち外に干して乾かしている。

実家の洗濯機には乾燥機がついてなかったから、外に干すのが習慣になっているし。

大家族ならともかく、二人分の洗濯物なんて大した量じゃないからな。

貧乏性なもんだから、乾燥機の電気代が気になって。

朝から雨が降ってて、今日は洗濯物を干しても乾きそうにないってときに限って、乾燥機として使うことにしている。

…が。

今日以上に、我が家の洗濯機が乾燥機付き洗濯機であることを感謝した日はない。

洗濯なんて、寿々花さんにとっては初めてに違いない。

タオルはここに干して、シャツはハンガーにかけて…という作業が、初めての寿々花さんに上手く出来るとは思えない。

洗濯物一つ干すのだって、干す前にシワを伸ばしたり、洗ってる途中についた糸くずを払ったり…。

この服は洗濯機不可だから、これだけ手洗い、ってこともあるからか。

見様見真似で、ただ洗濯機回して、洗濯バサミで全部留めとけば良い、って訳じゃない。

簡単だと思われがちだけど、意外と奥が深い家事。それが洗濯。

このお嬢様、果たして洗濯機の使い方なんて知ってるのだろうか?

…すると。

「よいしょ、よいしょっと…」

バスルームから、洗濯物を放り込んだ洗濯かごを持ってくる寿々花さん。

洗濯かごを運ぶ、無月院のお嬢様…。

…あのクソったれな円城寺辺りが見たら、卒倒しそうだな。

「よーし、お洗濯だー。やるぞー」

寿々花さん、意気揚々。

それは良いんだけど、くれぐれも洗濯機を壊してくれるなよ。

…と、思いきや。

「えーっと、たらい…金だらいは…っと」

…たらい?

「確か、物置きの何処かにあったような…。あ、あった」

マジで?たらいあったの?この家。

物置きなんて、用事がないからほとんど見たことなかったけど。

魔窟と化した物置きの中から、えっちらおっちら、金だらいを持ってきた寿々花さん。

あんた、それを一体何に使う気…。

「この中に水と、石鹸を入れてー…。それから、この洗濯板で洗おう」

まさかの、たらいと洗濯板で洗濯を開始した。

いつの時代だよ。

高性能乾燥機付き洗濯機を備えた家の庭で、金だらいに水を溜め、洗濯板で擦り、石鹸を使って洗濯とは。

泣いてるぞ。洗濯機が。

何故素直に、自分を使ってくれないのかと。

「ふぅ、水を溜めるだけでも大変だな…」

当たり前だよ。

「でも、悠理君はいつも頑張ってるんだから。私も頑張らないと」

ありがとう。

でも俺、洗濯板で洗濯するほど頑張ったことはないから。

そこは遠慮せず、洗濯機を使ってくれて良いんだぞ。

めちゃくちゃ口を挟みたかったけど、鼻歌交じりに、洗濯板で洗い物を擦っている姿を見ると。

今更、「洗濯機使えよ」とも言い出せず。

仕方なく、俺は物陰から様子を見守っていた。
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