アンハッピー・ウエディング〜前編〜
一時間後。

「あ〜もう無理。ギブ〜!」

雛堂、ギブアップ。

はえーよ。って俺よりは頑張った方だけどな。

それでも、この脅威の三段ケーキはまだまだ半分以上残っている。

しかしこのケーキ、一体いくつの卵と何グラムの砂糖で作ったんだろうな?

材料費だけで、普通のホールケーキ買えそう。

「だらしないですね、大也さんは。…もぐもぐ」

食べるペースが全く変わっていないのは、乙無だけである。

さすが自称邪神の眷属。胃袋がブラックホール。

「おめーは、よくそんなに食えるよなぁ」

「僕は人間じゃありませんから。人間とは一線を画す存在。闇に招かれし黒きモノ。それがこの僕…」

「あーはいはい。凄いっすねー」

「ちょっと。真面目に聞いてくださいよ」

あまりにも胃袋が限界過ぎて、どうでもよくなってんな。雛堂。

分かるよ。俺も食べ歩きのときそうだったから。

「生クリームが…。おぇ。胃から出そう」

「大也さん、飲み物のコーヒーに砂糖入れてましたからね。こういうときはブラックにしておくべきですよ。苦いコーヒーと甘いケーキを交互に食べることによって、舌をリセットするんです」

成程、そういう知恵が。

「それに、スイーツ食べ放題だと思えば相当良心的ですよ。一段ごとに味が変わってますし。何より美味しいですからね。いくらでも食べられそうですよ。もぐもぐ」

「そうか…。いっそ食べられるだけ食べてくれ。冷蔵庫に入り切らないから」

「全部食べちゃって良いですか?何だか厚かましいかなって。悠理さんの誕生日ケーキなのに」

「別に全部食べても良いけど…。食べられるのか?」

まだ半分以上残ってるぞ。

俺と寿々花さんと雛堂、三人がかりでも一段目と二段目真ん中辺りでギブだったのに。

いくら乙無が無限の胃袋の持ち主でも、さすがに限界ってものが…。

…まぁ、良いや。食べられるだけ食べてもらおう。

美味しく食べてもらえるんだから。

「もう無理、食べられない」って言われながら、無理して食べられるより。

乙無に美味しく頂かれた方が、ケーキとしても本望のはず。

このケーキを作ってくれた、無月院本家の料理人に報いる為にも。

「もぐもぐ。もぐもぐ。うん、美味しい」

「バケモンだな…」

「掃除機みてぇ…」

一人食べまくる乙無を見て、俺と雛堂はそれぞれそう呟いた。

勢いがさ。勢いが。全く衰える気配ないんだもん。

既に相当食べてるはずなのに、全くペースが落ちてない。

食べ始めたときと同じ速度で、今も食べ続けている。

もしかして、このまま本当に全部平らげるんじゃね?

いやいや、まさか。さすがの乙無だって、これ全部は無理だって。

まだ脅威の三段目が残ってるんだから。二段目のチョコクリー厶だって、相当重いだろうし…。

いくらコーヒーを飲みながらとはいえ、今に音を上げるだろう…と。



…思っていた時期が、俺にもありました。
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