アンハッピー・ウエディング〜前編〜
「な…何を食べてるんだ?あなたは…」

これには、円城寺も困惑。

分かる。その気持ちは分かるぞ。

家を訪ねてみたら、家主が真っ黒のどんぶりを掻き込んでるんだからな。そりゃびっくりもする。仕方ない。

だが、わざわざ狙い澄ましたように、このタイミングで訪ねてきたのはあんたの責任だからな。

俺も寿々花さんも、ただ普通に昼飯食ってただけだから。何も悪くない。

「これ?…これはラーメンだよ」

「ら…ラーメン?」

「ラーメン知らないの?インスタントラーメン。すっごく美味しいんだよ、これ。青薔薇味のラーメンでね」

「青薔薇味…!?」

円城寺、深まる謎。

まぁ…うん。その気持ちは分かる。

実際に食べてみるまでは、俺も同じこと思ってた。

「な、なんてものを…。あなたは自分が無月院本家の子女であることを自覚しているのか?」

自覚してようとしていなかろうと、インスタントラーメンくらい食べたって良いよな?

インスタントラーメンも食べられない人生なんて、つまらないだろ。

「美味しいよ?悠理君が煮卵を作ってくれてねー。スープに合ってて美味しい」 

そりゃ良かった。

煮卵の味付けと、謎の青薔薇味のスープが奇跡的にマッチしている。

「あの船でしか買えないのが残念だなー。普通にスーパーで売ってたら良いのに」

買わないんじゃね?誰も。

いかにも怪しい色してるもん。味は美味しいけどな。

「円城寺君も食べてみる?」

「…全く。寿々花様、あなたという人は相変わらず…。自分の立場というものを自覚していないようだね」

呑気に漆黒のインスタントラーメンを啜る寿々花さんを、円城寺は呆れたように見ていた。

また喧嘩売りに来てんな。こいつ。

下らないこと言い出したぞ。「立場」とか「自覚」とか。

「料理人ですらない下賤の召使いごときが作ったものを、平然と口にするとは…」

「…悠理君のご飯は何でも美味しいよ?」

「そういう問題じゃない。立場と身分に見合った食事というものがあるんだよ」

何だよ、それは。

毎日フカヒレの姿煮でも食ってろってか?

俺は嫌だね。いくら金持ちでも。

手抜きのインスタントラーメンだって食べたいし、夏になったらそうめんを食べたい。

それの何が悪いんだよ。なぁ?美味いんだから良いじゃん。

「全く…。品がないにも程がある。こんな情けない姿を見たら、椿姫様も失望するだろうに」

「…」

姉である椿姫お嬢さんの名前を出されて、寿々花さんは箸を動かす手をピタッ、と止めた。

…この馬鹿野郎、また余計なことを。

「いくら椿姫様ご自身が才覚に恵まれた優秀な御方でも、こんな妹がいては、良い面汚しだ。本当に情けないよ…」

「…」

「…おい、あんたそれ以上言ったら、バケツで脳天ぶん殴るぞ」

脳天にバケツ直撃させられたくなかったら、今すぐその口を閉じるべきだな。

これ以上寿々花さんを傷つけ、俺を苛立たせる前に。
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