アンハッピー・ウエディング〜前編〜
口を開けばこいつは。こんなことしか言えないのか。

しかし、円城寺は俺の脅しさえも鼻で笑い飛ばし。

「さぁ、そんなことより。外に車を待たせてるんだ。早く支度してくれ」

などと言い始めた。

「支度…?何の?」

「国立劇場で上映されてる、○○国立歌劇団のオペラのチケットが取れたんだ。VIP席で、2枚ね」

円城寺は、二枚分のチケットをポケットから出して見せびらかした。

オペラだってよ。

…オペラって何だっけ?歌って踊る劇?…それはミュージカルか。

生まれてこの方、俺には全く縁のない場所である。

「オペラ…?私と?」

寿々花さんも、オペラなどには興味がないのか。

こてん、と首を傾げていた。

「君は無月院家の淑女として、こういう高尚な芸術に触れて感性を磨かなきゃいけないよ」

何だこいつ。偉そうに。

あんたと高尚(笑)な芸術を鑑賞するくらいなら、寿々花さんの下手くそな似顔絵を見てる方がマシだ。

「ついでに、近くのホテルのレストランで予約も取ってある。ドレスコードのある店だよ。ほら、早く支度して」

「え、えっ…。そんな、いきなり言われても」

だよなぁ。

いきなり訪ねてきて、いきなり「これからオペラとレストランに行くから支度しろ」と言われても。

あんたの方こそ、マナーってもんを学習した方が良いんじゃないのか?

勝手に人の家に家に上がってきてるしな。

「格好って、このままで良いの?」

いや、まず先に歯を磨いた方が良いんじゃないか。口の中真っ黒だぞ。

「駄目に決まってるだろ?ドレスコードがあるって言ったじゃないか」

「で、でも…。私、ドレス持ってない」

「はぁ…。淑女として最低限の嗜みすらないのか。あなたは?」

「…」

仕方ないだろ。寿々花さんは未だに、俺のお古のジャージを着て寝てるんだぞ。

お洒落なお出かけのときに着るドレスなんて、持ってるはずがない。

普段着でさえろくに持ってないのに。

大体…。

「勝手に人の家に上がって、好き勝手なこと言ってやがるけどな…」

と、俺は横から円城寺に口を挟んだ。

「まだ、行くなんて一言も言ってないだろ。寿々花さんの都合を聞いてからにしろよ」

あんたこそ、最低限のマナーくらい弁えろ。

そもそも、あんたは散々寿々花さんを「無月院家の娘として相応しくない」と扱き下ろしてたじゃないか。

それが何だ。いきなりオペラなんかに誘ってきたりして。

寿々花さんに媚を売ってるつもりか?

「ふん。お前には聞いてない。使用人は黙っていろ」

何だと、この野郎。生意気な。

やっぱりバケツ持ってこようかな。

「仕方ない。ドレスはこれから買っていこう。格好はそのままで良いから、早く支度して」

「え、で、でも。今悠理君とお昼ご飯…」

「そんなものどうでも良いだろ。最高級フレンチのフルコースを予約してあるんだ。さぁ、ほら早く」

円城寺は、強引に寿々花お嬢さんを急かし。

「それじゃ、行ってくるよ。使用人は大人しく待ってるんだね」

「…」

半ば寿々花さんを引き摺るようにして、連行。

…不法侵入と誘拐で、警察呼んでやろうか。
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