アンハッピー・ウエディング〜前編〜
しかし、本当に大変なのはここからだった。

「えーっと。お会計…いくらだっけ?」

お嬢さんは小銭入れを覗きながら、店員さんに尋ねた。

「924円になります」

「きゅうひゃく…にじゅう、よんえん…。えーと、百円玉、百円玉はこれ…これが9枚と…」

「…」

もたもた。

「1枚、2枚、3枚…。…あっ、1枚足りない」

番町皿屋敷か?

「ん?これ、真ん中に穴が空いてる…?悠理君、百円玉って穴ぽこ空いてたっけ?」

「…空いてない。穴があるのは五円玉と五十円玉だ」
 
「そっか。えーと、じゃあ銀色で穴の空いてないのが百円玉だね?その百円玉が、1枚、2枚…」

もたもた。

…。

「8枚、9枚…。あれ?今何枚まで数えたっけ?」

…店員さん、困った顔でお嬢さんを見つめていた。

本当にちゃんとお金を払ってもらえるのか、心配なんだろうな。

俺も心配だよ。
 
まさかこのお嬢さん、現金の計算も出来ないんだろうか、って。

「えーっと、あといくらだっけ?」

「…24円です」

「にじゅう、よんえんか…。一円玉、そんなに持ってるかな…」

24円、全部一円玉で払うつもりか?

「十円玉2枚と、一円玉4枚で良いんだよ」

見るに見かねて、俺は横から口を挟んだ。

一円玉を24枚も出したら、店員さんにも迷惑だろ。

「十円玉…って、これ?」

「…違う。それ五百円玉。茶色の硬貨だよ」

「茶色…?これ?」

「それは五円玉。穴が空いてるってさっき言ってたじゃん」

「そっかー。小銭っていっぱい種類があって、分かりにくいよねー」

だよなぁ。

グレーだったり茶色だったり、穴があったりなかったり。大きさもデザインも違ってるしな。

小銭計算するのって難しいよな。分かる分かる…。

…って、そんな訳ないだろ。
 
「あんた、一体何年生きてるんだよ…!?」

その歳で、何で未だに小銭の計算も出来ないんだ。

「えーっと。16年とちょっと生きてる」

律儀に答えてくれてありがとう。

16年も生きてるなら、小銭の計算くらいもたつかずに出来るようになってて欲しかったな。

あぁ、もう良い。

「済みません、これで」

俺は金銭トレーの上に、自分の千円札を1枚置いた。

お嬢さんに計算させてたら、いつまで経っても会計が出来ない。

今のところ、店の中には俺達しかいないけど。

他のお客さんが来たら、大層迷惑だからな。

そうなる前に、俺がお札で払うよ。

最初からこうすれば良かった。

「あぁっ、今お金数えたところだったのにー」

うるせぇ。あんたが遅いのが悪い。
< 61 / 505 >

この作品をシェア

pagetop