ブランカ/Blanca―30代女性警察官の日常コメディ
 午後七時五十五分

 初夏の陽気が続いているが、日が落ちると肌寒く感じる。

 不意に吹いた風に乗る香りを覚えて、私は岡島に顔を向けた。私の視線に気づいた岡島は口元に笑みを浮かべ、私の服装やヘアスタイルを褒めた。前髪と横の髪の間にある、長さが耳の下くらいの髪が好きだと言う。隙あらば口に入り込もうとする邪魔なあの部分だ。

 ――清楚系なんて男ウケ狙いなのに。

 相澤もそうだ。ロングの黒髪ストレートや毛先がカールしてる清楚系が好きだと言う。相澤に会う時は清楚系の格好をしているが、相澤は私の事は眼中に無い。
 それは私の背が高いからだ。相澤は小柄な可愛い女の子が好きだから。
 一メートル六十八センチの私にはそもそも可愛い清楚系など似合わないのだ。ハイウエストの切替ワンピースはデザイナーの意図しない着こなしになる。何度、試着室で涙を呑んだか――。

「奈緒ちゃん、どうしたの?」

 試着室の切ない過去――パフスリーブを着たらロボット戦士――を思い出したからなのか、私に元気が無いように思えたと岡島は言う。

 またふわりと、香りが舞った。
 岡島の纏う香水はいつもと違う。柑橘とジャスミンの香りだろうか。岡島の問いに「いつもと香りが違うね」と言うと、また岡島ははにかんだ。「違うのを付けてきた」と言うが、私は知っている。

 ――お前、葉梨の香水、パクっただろう。

 葉梨と同じ香水だ。今はミドルノートに変わる頃だ。この後はサンダルウッドやラストのムスクが香るだろう。だが私は思った。今日の岡島は本気なんだ、と。

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