目覚めたら旦那さまから暴虐王女と呼ばれましたが、身に覚えがありません

序章

 少年は地下の貯蔵庫に妹とふたり、身を潜めながら、小さな身体(からだ)を震わせていた。
 その頭には、小さな耳が生えている。── 少年は、ネズミの獣人だった。


 東の隣国、レビオン王国との国境付近にあるこの小さな村で生まれ育った彼は、常日頃からある恐怖にさらされていた。
 それは、レビオン王国から獣人をさらいにやってくる、奴隷商人の存在である。


 レビオン王国では獣人は珍しい存在で、王侯貴族たちの間で、獣人奴隷を買うのが流行しているらしい。
 少年がまだ五歳の時、母はレビオン王国に連れ去られた。次に姉が。そして昨年は、父が。


 村の人たちは優しく、寄る辺をなくした少年と妹の世話をしてくれていたけれど、それ以降もたびたび、奴隷商人は村にやってきては、無慈悲に村民を連れ去った。


 そして今日もまた、小さな村に怒声と悲鳴が響き渡る。


 ──バンッ。


 階上で扉を乱暴に開ける音が、響き渡った。少年は息を殺したまま、そばに置いていた農作業用の鎌を手に抱える。

「兄ちゃん……怖い」
「しーっ、静かに。大丈夫だ、兄ちゃんが守ってやるからな」


 たったひとり残された妹だけでも守らなければ──という思いが、少年になけなしの勇気を振り絞らせた。


「おい、この家には誰もいないぞ」
「いや、待て」


 複数人の男の足音と、ギシギシと床が軋む音。
 その足音がキッチンのほうに向かうのに気づき、少年は背筋が凍りつく思いだった。


 竈(かまど)の上には、朝食用に温めておいたスープがあったはず。
 どうか気づかないでほしい──。少年はそう願ったが、聞こえてきたのは無慈悲な言葉だった。


「まだスープが温かい。どこかに隠れてるぞ!」


 物を引っ繰り返したり、物置を開ける音がしばらく響き、やがて絨(じゅう)毯(たん)がまくられる気配がする。


 ──ギィィ。

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