魁星堂へようこそ
一章

パラ、パラ、と図書室にはページをめくる音が響く。

(・・・ふぅ、これで桜乃古書店の本も読破、かぁ・・・)

私―野々原 奈々―は本を読み終えた後の独特の疲労感を感じながらさっきまで読んでいた本を手元の鞄にしまう。

冬のパリッとした空気が風に乗って私の頬を撫でる。

(後、行ったことのない古書店とか、本屋さんあったかな?)

私は本が大好きだ。読んでいる間だけ、この世界から目を背けることができるから。

ブルッと震えたスマートフォンを見ると通知画面には「お義母さん」の文字。

メッセージは「今日は美優と出かけるからご飯はなしね」の文字。

(今日、ご飯抜きか・・・お弁当ちょっと残しておいてよかった)

義理の妹と母が出かける時は私のご飯はない。一週間に三、四度あるこの行事は最初は堪えたものの、今はすっかり慣れてしまっていた。

「せっかくだし、近くの本屋さんに行こっかな・・・」

新刊は入ってないかもしれないけど。私は下の方で二つに分た髪を靡かせ、首にかかっている小さな石のひんやりとした感触を感じながら学校近くの本屋さんに向かった。

「あれ?」

本屋さんの二十メートルほど前でふと立ち止まる。私が目を止めたのはそこにあった看板だ。

「魁星堂・・・そんな本屋さんあったっけ?」

看板には「書房 魁星堂 ここから二十歩歩いた後、左」と書いてあった。

(魁星ってどういう意味だろ・・・?それに、二十歩先、って人によって違うのに・・・)

突っ込みたいところはいっぱいあったが、兎に角私が行ったことのない本屋さんだ。行かないという選択肢はない。

(ここからでいいのかな?よし、一、二、三・・・)

心の中でピッタリ二十数えたところで左を向く。そこには確かに道があった。

「ここを行けばいいのかな?」

一人呟いてそぉっとその道へ足を踏み入れる。思ってたよりも道は明るかった。


(この道、どこまで続くんだろ・・・?)

もうかれこれ十分ほど歩いているような気がする。最初は建物もあったのに、今では本当に森の中だ。この先に本屋さんがあると信じられない。

(後五分歩いてつかなかったら戻ろうかな・・・って、あれ?)

頭を上げると道の先にちょこん、と日本家屋が立っていた。入り口の上には「魁星堂」の看板。

「っ、ここだ・・・!」

さっきの疲れも忘れて走って入り口までつく。入り口を開けるとカラカラという音とともにムワッとした紙の匂いが鼻をついた。

「あの、すみませーん・・・」

か細く奥に問いかけると奥の方から「はーい」という声と共にパタパタと誰から走る音が聞こえた。

(よかった、店員さんいた・・・あれ?そういえば今の声、どこかで聞いたことのあるような・・・)

誰だろ?と思うのと、「いらっしゃいませ」の言葉が響いて着物をきた女の子が私の前にやってきたのは同時だった。

私と彼女は一瞬目を見開いて、同時に叫んだ。

「の、野々山さん⁉︎」

「東山、さん⁉︎」


「えっと、つまり、東山さんはここで働いてる、っていうこと?」

「そういうこと。あ、わたしのことは紗穂、って呼んでくれていいよ」

東山さ・・・紗穂ちゃんは私のクラスメート。まぁ、私はあんまり話さないけど。

「えっと、じゃあ紗穂ちゃん。ここって、本屋さん、なの?」

「そうよ。ここにある本はここにしかない、世界に一冊しかない本達・・・」

「世界に一冊だけ?なんで?」

「色々理由があったの。一言で説明するとしたら、第三次世界大戦の影響、ってことかしら」

「へぇ・・・あ、そういえば聞きたい、って思ってたけど、魁星堂の魁星って何?」

「魁星は、中国で信仰されていた神様の名前です。文運を司る神なのですよ」

「?神?何、それ・・・」

「まあ、簡単に言ったら人よりも上位な存在、みたいなものでしょうか・・・」

「へぇ・・・?」

「わからなくても大丈夫ですよ。さて、そろそろ本とご対面いたしますか?」

「ぇ、うん?私、ここにある本をたくさんを見たいんだけど・・・?」

「いえ、奈々ちゃんにその本は読めないと思いますよ。何回もここへ通って、認められたら読めますけど・・・この本屋は本が読む人を選ぶのです・・・」

紗穂ちゃんの日本人離れした青い目が私を見る。その目が私の心の奥まで見ているようで少し冷たい汗が流れる。

いつもと変わらないその喋り方も、ここにいるとなんだか圧倒される。

「こちらへ来てください。奈々ちゃんを呼んだ本を探しましょう」

紗穂ちゃんについていくと本屋さんの中心部と思われるところによくわからない模様が刻まれていた。

「この真ん中に立ってください。もうちょっと右です。あ、そこで止まっていてくださいね」

紗穂ちゃんは私の立っているところの目の前にしゃがんで模様に手をつける。

「・・・彼女を呼んだ、本は、誰?」

目をつぶった彼女が静かに呟くとスゥッと模様に青の線が走る。

ーふ、と紗穂ちゃんが目を開けるとあの青い目が爛爛と光っていて、同時に左耳も光だす。

(ううん、耳じゃない。つけてるイヤリング・・・?が光ってる)

紗穂ちゃんの目と同じぐらいの光量で光っていたのは彼女と同じような青色のイヤリング。

その色に小さい頃、一度だけ行った海の色を思い出しながら、できるだけ冷静さを保って私は彼女を見つめる。

「・・・貴方が誰かを呼ぶなんて、初めてじゃないの?」

口角を少し上げて誰かと喋っているであろう彼女はその後二、三言話し、静かに模様から手を離す。と、同時に模様に沿って光っていた青い光もスッと消えた。

「奈々ちゃんを呼んだ本がわかったわ。こっち」

奥を指さしてスタスタと歩く紗穂ちゃんにあわててついていくと彼女はそれほど遠くない本棚で立ち止まって何かを探していた。

「えっと・・・あ、あった。これね」

それほど厚くない本を渡される。

「えっと、『こめんぶくあわんぶく』?聞いたことない・・・それに、これ、絵本?」

「そうね。その本、今ここで読むこともできるし、持ち帰ることもできるけど、どっちにする?」

「えっと、なら今読んでもいい?」

「わかったわ。さ、あそこにキャメルがあるから先行ってて。私は何か飲み物持ってくるから。何か希望ある?」

「えっと、甘い飲み物・・・?」

「わかったわ」

紗穂ちゃんはそういうとどこかへ行ってしまった。そのまま立ち止まったままというのもあれなのでとりあえずキャメルに言ってみることにする。

「あ、ここか」

手頃な席に座ると机の真ん中にさっきもらった絵本をおく。

(絵本を読むなんて、何年ぶりだろう・・・?)

とりあえず読み進めてみようとページをめくった。


むかし、むかし、「すず」という可愛いい女の子がおりました。

おかあさんを早くに亡くし、すずの友達はすずめだけでした。

おとうさんは別の女の人と再婚して娘ができました。新しいおかあさんは、自分の娘にはやさしくしましたが、すずに対しては辛くあたりました。

まもなくおとうさんも亡くなり、継母は毎日、家事を沢山することを命じられました。

ある日の夕方、山に行き栗拾いをしていると、すっかり日が暮れて、すずは山で迷ってしまいました。

「ここはどこかしら。道に迷ってしまったわ。どっちに行けばよいのかわからないわ。」

その時、遠くに明かりが見え、古い小屋がありました。そこには、おばあさんが囲炉裏の脇に座っていました。

「山で道に迷ってしまいました。今夜ここに泊めてもらえないでしょうか。」

「よかろう。」

「お前は、いい子のようだ。わしの頭からしらみを取っておくれ。」

「はい。」

すずはと言うと、しらみだけでなく、蛇やムカデも取り除いてやりました。

するとそのおばあさんは山姥に姿を変えました。山姥はすずがたいそう気に入り、
「お前は、いい子だ。この玉手箱をあげよう。何か欲しくなったら、箱を開けて欲しいものを言いなさい。」

すずは無事に家に帰りましたが、継母はすずが無事に帰ってきたことを喜びませんでした。


村ではお祭りの日がやってきて、太鼓や笛の音が聞こえてきました。

継母は妹とお祭りに出かける前に、庭に米を撒いて、すずにこう命じました。

「米一粒残らず、土をつけないで拾っておきなさい」

泣きながら、撒き散らかれた米を拾っていると、すずめが沢山庭に飛んできて、こめ拾いを手伝ってくれました。

「さあ、お祭りに行けるわよ」とすずめが言いました。

「着物が汚くって、恥ずかしいわ」

「玉手箱、玉手箱」とすずめが言いました。

「着物が欲しい。山姥さん」

すると、箱の中には綺麗な着物が入っていました。すると、馬に乗った山姥が現われ、綺麗な下駄を彼女に差し出しました。

「さあ、この馬でお祭りに行っておいで」と山姥は言いました。

着物姿のすずに、お祭りの誰もが目を見張りました。

「あの子は誰だい。」

みんなが聞き合いました。

長者の息子も大そうすずを気に入り、自分の横に座らせました。

「見て、お母さん。お姉ちゃんがあそこに座っているよ。」

妹がお母さんに言いました。

「馬鹿を言いでないよ。あのお方は、どこかの国のお姫様だよ。」

すずはまるで極楽にいるような気持ちで、長者の息子と恋に落ちました。

しかし突然、すずは立ち上がると言いました。

「もう行かなくてはなりません。お別れです。」

すずは、誰より先に家に帰らなくてはならないので、馬に飛び乗り、一目散に家に帰りましたが、片方の下駄を落としてしまいました。長者の息子は下駄を手に取り、しばらく考え込んでいました。

ある日、長者の家の者がやって来ました。

「私どもはお祭りの日にこの草履を履いていた娘さんを探しております。」

「あら、これは娘のよ。」と、継母は言うと自分の娘に押し付けました。でも草履はちょっと大きすぎました。

そこへ、すずが家から手にもう片方の草履を持って飛び出してきました。

「あなたこそ、息子さんが探しておられるお方です。」

すずは長者の家に嫁いで幸せに暮らしました。


(・・・)

絵本だったからか、すぐに読み終えて本を閉じる。いつの間にか用意されていた抹茶ラテを口につける。

体の芯からあったかくなるような感覚にホッと息をつく。

「あ、読み終わった?」

「紗穂ちゃん。うん。まだ納得っていうの?よくわからないところがあるけど・・・」

「それは、山姥とか、玉手箱のことかしら?」

「うん。山姥って何?読んだ感じだと山に住んでいるお婆さん、って感じだけど」

「まぁ、大体そんな感じよ。ただ、一つ追加情報を与えるなら人を食べることもある、ってことかしら?」

「人を食べる⁉︎そんな人いるんですか⁉︎」

「山姥は人ではないような気がしますが、そんな感じですね。玉手箱はそこに書いてある通りです」

「願ったものがなんでもででくる箱って・・・聞いたこともありませんよ。なのに、私たちよりもずっと前にあったの?」

科学をもってしても、何もない無から新しいものを出すことはできない。なのに・・・

「その玉手箱は機械ではありませんしね。さっき言ってた、人の限界を超えた力、ってものですよ」

「・・・へ、へぇ・・・」

「何回も読めばだんだんそんな考えが自然になって来ますよ」

「まさか、ここにある本って・・・」

「えぇ、その本のように人智を超えた力・・・昔の人は妖術とか、魔法とかと言われてましたけど」

「げんじゅつ、まほう・・・」

初めて聞いた。紗穂ちゃんの言葉を聞くと漢字がちゃんとあるんだろうけど、私には皆目検討がつかない。

「さぁ、じゃあ、感想のお時間よ!この本を読んで、貴方はどう思った?」

「え⁉︎どう思ったか・・・えっと・・・」

必死に文字を組み立てていく。別に適当に答えても良かったのかも知れなかったけど、この時はそんなこと、露も考えなかった。

「最初、読んでみて、なんだか私と似てるな・・・って思った。私も、お父さんはいないし、義理のお母さんと妹がいるし」

「うんうん。それで?」

「すずちゃんがシラミだけじゃなくって蛇とか、ムカデとかもとってあげるシーンはちょっとびっくりしちゃった。怖くなかったのかな?ってすっごく思う」

「私も、急にやれ、って言われたらちょっと無理、って思うかも」

「でも、すずちゃんの考えてたこともよく分かるの。このおばあさんも、困ってるんだな、なら助けてあげたいな、そう思ったんじゃないかな?」

「その後、長者の息子と恋に落ちて、最後には幸せに暮らすことができた、って知ってすっごく嬉しかった!私にはそういう出会いはないかもしれないけど、すずちゃんだけでも幸せになってくれて・・・」

一通り感想を伝えると反対側に座っていた紗穂ちゃんは嬉しそうに目を綻ばせた。

「この本が奈々ちゃんに会いたい、って思った理由がよく理解できたわ。よし、それならやっちゃいましょうか」

「?何を?」

「ふふ、お、ま、じ、な、い!」

「おまじない?」

「そう。奈々ちゃんに幸せが訪れますように、ってお願いするの」

「誰に?」

「神様に!」

そういうと話は終わりだというようにルンルンで席を立って奥へ引っ込んで、すぐに戻ってきた。そこには一枚の紙と筆。

「えっと、ふふ〜ん。久しぶりに書きごたえがあるわ・・・!あ、奈々ちゃん。奈々ちゃんは赤か青、どっちが好き?」

「え⁉︎あ、青、かなぁ・・・」

「わかった!・・・・・・うん。バッチリ!さぁ、おまじないをかけにいくわよ!ついてきて」

「わ、わかった」

そう言って連れてこられたのは木でできた小さな家のような物のところ。私や紗穂ちゃんの腰ぐらいのところにあったそれは、家の他に蝋燭とか、お猪口とかが置かれている。

「あれは?」

「神棚。あそこにお願いするの。あ、奈々ちゃんはそこで待っててね」

紗穂ちゃんは私をかみだな?の十歩ほど手前で止まらせると彼女は耳につけているのイヤリングを外して紙の上に置き、少しそこから離れた後、目を瞑る。

「神様。彼女に・・・」

最後の方はなんて言っているかわからなかったけど、彼女はそれで満足したのか、嬉しそうに目を開けて神棚をみる。

「へぇ・・・」

「・・・え?」

彼女が神棚から下ろしたのはイヤリングと、なぜか。

「なんで、藁・・・?」

紙ではなく、藁が置いてあった。

「ふふ、これはもう貴方のもの。ほら、あげるわ」

「え⁉︎これをどうしろと・・・?」

「それを持って、家に帰って。途中で交換して欲しい、って言われたら迷わず交換していいから。わかった?」

「わ、わかった・・・」

(藁を交換して欲しい、って人、いるの・・・?)

そんな素朴な疑問が頭をよぎったけど、紗穂ちゃんの目がいつになく真剣だったからとりあえず頷く。

今持ってても邪魔だからとりあえず鞄の中に入れて置こっと。

「よし。なら、もう帰る?」

「あ、その前に、ここで、夜ご飯食べていい?今日、家に誰もいなくて・・・」

「ん?いいよ〜そこの机で食べて食べて!ついでに私も食べちゃおっかな?どうせみんな今日は遅いし」

「ほんと⁉︎ありがとう!」

そんな感じの流れで一緒に夜ご飯を食べることになった。私の夜ご飯をみた紗穂ちゃんに「ちょっと、夜ご飯って、それだけ⁉︎もっと食べなさいよ!」と言われて紗穂ちゃんが食べていた唐揚げをお裾分けしてもらったのは、すごく嬉しかった。


「それじゃあ、帰るね」

「えぇ、また明日、学校で、ね?」

「うん。あ、そういえばまたここに来たいんだけど・・・また来れる?」

「もちろん。奈々ちゃんがここへの行き方を忘れない限り、ここにはいつでも来れるわ」
「やった!また『こめんぶくあわんぶく』だったよね?それを読みたいの!」

「ふふ、いるのが私じゃないかもしれないけど、みんなに伝えておくわ。さ、もうそろそろしたら完全に日が沈んじゃうわ」

「そうだね。それじゃあ、また明日!紗穂ちゃん!」

「奈々ちゃんも、ね。あ、さっき渡した藁、ちゃんと手にもっててね!」

(最後に話すのがそれなのね・・・えっと、藁、藁・・・あった!)

紗穂ちゃんに言われたように一本の藁を片手に持って家に帰る。

(うーん、片手に藁を一本持った女子高生って・・・ちょっと、ううん、結構目立たない?まぁ、紗穂ちゃんに持ってて、って言われたから持つけど)

つい数時間前に通った森の隙間を通るような道を歩いていく。

いつもは冷たい感触の、私の首にかかっている石も、今日はぽかぽかと温かいな、と思いながら森の出口へと向かった。


私が曲がったところへやっとついた。西の方を見るともうちょっとで太陽がなくなっちゃうぐらいの時間帯だった。

私は首に巻いていたマフラーを口元まであげる。

(よし、じゃあ、帰ろっか、な)

今までで一番帰るのが苦ではない、ような気がする。

なんか楽しくて鼻歌を歌っているとチョン、と誰かに肩を叩かれる。え?と思い後ろを向くとそこには買い物袋を持ったお婆さん。

「ごめんね、お嬢ちゃん。その、手に持っている藁をくれないかしら?」
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