魁星堂へようこそ

「私、もう佳奈ちゃんとはいたくない」

「・・・え?」

わたしー玉森佳奈―は親友、のはずの友達の言葉に目を見開く。

「なん、で・・・」

「佳奈ちゃんがいっつも自分は綺麗だとか、オシャレだとか言ってるのを聞くのが、もう嫌なの。誰かとすれ違うたびにあの人は地味だとか、服のセンスがなってないとか・・・聞く私の身にもなってよ!とにかく、もう話しかけてこないでね」

そう言って今いた大学の中庭からキャンパスの中に入っていく親友、だった子を見送ることしか、できなかった。


(何⁉︎ダサい人をダサい、って言って何が悪いのよ!)

わたしはさっきの友人の言葉にイライラしながらいつもと違う道を歩いていた。

いつもの道で帰ろうとしたら、さっきの友人の姿が見えて、咄嗟に別の道に行ってしまったのだ。

「あ〜イラつく!イラつくイラつく・・・!」

コツコツとハイヒールを鳴らしながらいつもは通らないような細い路地を歩く。

(大体、私が綺麗なのは当たり前でしょ!それを自慢するのが悪いってこと⁉︎ありえない!あの子だって可愛い服着てた時自慢してたじゃない・・・)

「なんでわたしが・・・きゃっ!」

足元を疎かにしていたからだろう。いつもは絶対にこけない高さのヒールでつまずいて転んでしまった。

手に持っていた日傘も飛んでしまう。ジリジリと夏の日光がわたしに降り注ぐ。

「うわぁ、靴擦れができちゃってる・・・いたっ」

派手に擦ったからからだろう。ジクジクと痛む足をみて思わず顔を歪ませる。

(絆創膏、あったっけ・・・)

座ったまま鞄の中を開けて絆創膏を探したが、今日に限ってない。

(うそでしょ・・・マジか・・・)

「・・・あの、お姉さん」

「え?」

急に高いテノールの声が聞こえて振り返ると、そこには紺色を三つ編みにした少女がわたしを見つめていた。無表情なのが寂しいけど、お化粧とかすれば綺麗になる部類の少女だ。

「わ、わたし?」

そう聞くとその少女はこくりと頷く。わたしがなんで?というように首を傾げると少女は少し考える仕草をした後、ぽつりとつぶやく。

「怪我、してる」

「・・・あ、この怪我のこと?」

「うん」

それだけいうと少女はポケットから一枚の絆創膏を取り出してわたしに手渡してきた。

「・・・どうぞ」

とりあえず受け取ると少女は嬉しそうに顔を綻ばせて「お大事に」というとそのまま脇道の方へ歩いて行ってしまう。

「あ・・・あ、ありがとう!」

思わず少女の背中に向かって叫ぶと彼女は驚いたように肩を振るわせた後、わたしのほうを向く。

彼女の薄緑の目と目が合うと少女は元々パッチリした目をさらに大きく見開いた。

「・・・どういたしまして・・・ところで」
彼女はなぜかわたしの方へ戻ってくる。

そして、わたしの前にしゃがむと小さく首を傾げると、わたしが予想もしなかった言葉を紡いだ。

「この後、暇?」


(なんで、こんなことに・・・)

あの発言の後、思わず「暇」と返すと彼女は嬉しそうに笑ってついてきて、というように手招きをする。

わたしは慌てて絆創膏は足に貼って、日傘を拾ってから少女についていく。

「・・・やっぱり」

「ん?」

「なんでも、ない」

わたしが脇道に入った瞬間、少女が何かを呟いた気がしたけど特に追求せずについていくことにした。

「ついた」

彼女が示したのは小さな日本家屋。正面の扉の上には「魁星堂」という看板がついている。

「えっと、かいせい、どう?」

「そう。ここは、世界で一冊だけの本がある本屋さん。お姉さんは、資格がある」

「資格?」

「うん。本を読める、資格」

少女はそれだけいうとガラッとドアを開けて中に入ってしまう。慌ててついていくと中には今まで見たことのないような量の本棚が並んでいた。

「すごい・・・!」

「そこに、荷物置いて。今から、本、探すから」

「え?ここら辺にある本じゃないの?」

そう聞くと少女はコクリ、と頷く。なんでだろうと疑問もあったがとりあえず少女についていく。

「そういえばあなた、ここのアルバイトさん?名前はなんていうの?」

「・・・アルバイト、じゃない。名前は、西川、シーラ」

「・・・シーラ?可愛い名前だね。わたしは玉森佳奈っていうの」

「佳奈、さん」

それだけしか少女―シーラちゃんーは言ってくれなかったけど気にせずについていく。

(多分、この子、口下手なんだろうな・・・)

するとピタッとシーラちゃんの足が止まる。

止まった部屋をみてみるとそこにはー何もなかった。

いや、強いていうのなら床に黒いインクな何かで模様が描かれているのはがわかった。

ただ、これがなんなのかは全くわからない。

「佳奈、さん。ここに、立ってください」

「ここ?」

示されたのは模様のちょうど中心部分。

「はい」

シーラちゃんはそう言うと彼女自身は立ち上がって模様から出てちょうどわたしの真ん前のところで手をおく。

「ここは、本が、読者を選ぶ・・・ねぇ、誰が佳奈さんを読んだの?」

信じられない。

それが最初にこれをみた時の感想。一度目を瞑ったシーラちゃんの目は、次開いた時には夜空に光る星のように煌めいていたから。

それと同時に彼女の左耳についていたイヤリングが目と同じように光り始める。

ついでに、わたしが立っている模様もシーラちゃんの目の色に光り始める。

「また、貴方なの、ね。これで、呼ぶの、五回目」

シーラちゃんは空を見ながら誰かと話しているような感じだ。思わず首をかしげてしまうが今質問しても答えてくれないことぐらいは容易にわかった。

「・・・もちろん。任せて」

そういうとシーラちゃんはそっと模様から手を離す。それと同時に綺麗に煌めいていた彼女の目も、イヤリングも、床の模様もスッと光を失う。

「本は、こっち」

そう言うと彼女はスタスタと近くの本棚に引っ込んでしまう。

(まって、見失う・・・!)

慌ててシーラちゃんの曲がった通路へ行こうとするとちょうと反対側から来た彼女とぶつかりかける。

「・・・っ、危なかったぁ〜大丈夫?怪我ない?」

「うん・・・これ、本」

そう言って両手で本をもらったと思ったら、シーラちゃんは奥のキャメルを指さして
「読むなら、あそこ、です」

と言われる。

(まぁ、暇だし、ここで読もっか)

そう思って彼女の指さした方へ向かう。キャメルの机に本を置いて初めて本の題名を見る。その本の題名は「小さなおいぼれ馬」。

聞いたことのない話だ。

表紙に書いてある小さな馬を横目に、わたしは本を開いた。

昔、ある王国に一人のたいそう美しい王子がおりました。

この王子は頭の良い若者でしたが、自分の身分や美しさに思い上がっているところがありました。

自分と同じように、美しいものは何でも好きでしたが、醜いものを見ると、気分が悪くなる、と言っていました。

ある日、城の家臣らと狩りに出かけた時のことです。狩りの途中、一人の醜い老人がみずほらしい馬に乗ってやってきました。

「なんだあれは!」と王子が言いました。

「あの醜い年寄りとみっともない馬を、おいぱらってくれ!僕の目が汚れる」

家臣たちはその老人と馬を追い立てて、王子の前から見えないようにしました。

けれども、その老人は、たいそう偉い、魔法使いで、見かけとは全く違ったのです。

それからしばらく立ったある日、王子が城の庭を歩いていると、あの時の醜い老人が目の前に現れ、持っていた杖で王子に触り、こう言ったのです。

「さぁ、お前もわしと同じように醜くなるといい。おいぼれ馬となって働くのだ。穢れのない姫がお前を一番大切な友達と呼ぶまで、お前は、おいぼれ馬の姿のままだ」

その途端、美しい王子は小さなおいぼれ馬になりました。それは、王子が見たら気分が悪くような姿でした。

城では大変な騒ぎになりました。王子が突然消えてしまい、どこへ行ったのか、誰にもわからなかったからです。

王子は、小さな、みずほらしいおいぼれ馬となって、城を出て、森の中を歩いていました。

森の中を彷徨っていると農家の息子のハンスが薪を集めにやってきました。

ハンスは、小さなおいぼれ馬が草を食べているのを見ると。そばに行って優しい言葉をかけてあげました。そして、馬はハンスの後をついて、彼の家にやってきました。

「お父さん、見てよ!」ハンスは言いました。

「昨日、倒れてしまった馬の代わりに新しいのを連れてきたよ!」

その日から馬はハンスの家で働くことになりました。

ハンスは、このおいぼれ馬に毎日餌をやり、ブラシをかけ、優しく世話をして、僕の馬と呼んで、可愛がりました。

しかし、ハンスの家の畑の種まきが終わると父親はハンスに言いました。

「さぁ、馬にブラシをかけて綺麗にしてやってくれ。今日は馬を、市に出そう」

ハンスは驚いて、

「僕が馬を市に連れて行ってもいい?」と聞きましたが、父親は自分がいくと言いました。

父親が市に着くと、年のとった片目の男が父親に声をかけました。

男はこの馬の値段も聞かずに、父親にたくさんのお金を払い、おいぼれ馬を連れて立ち去りました。

父親はこの取引に満足して家に帰りました。けレドもハンスは悲しくて悲しくて泣きました。

次の日。家にハンスの姿はありませんでした。あの馬を追いかけて行ったと知った父親は仕方がなくハンスを追うのを諦めました。

父親が思った通り、ハンスは可愛がっていたおいぼれ馬の後を追っていました。

ハンスは馬を買った片目の男を追ってその男が働いていた城の馬や番として雇われましたが、馬やに自分のおいぼれ馬はいませんでした。


パタン、と本を閉じたわたしは大きく息を吐く。ふと、机の上に置かれていたアイスティーに目が止まる。

(これ、シーラちゃんが用意してくれたのかな?)

そう思ってアイスティーを飲んでいるとさっきわたしたちが来た方からシーラちゃんがやってきた。

「あ・・・読み終わりました、か?」

「ううん。今半分ぐらい、かな?魔法使いとか、初めて見る単語が多くて・・・あ、アイスティーありがとう。これ、すっごく美味しい!これ、どこの茶葉なの?」

読んでいるるうちに、だんだん理解してきたものの、最近できた技術が昔話に出てきてるのは謎だけど。

「あ・・・それは、一応、ダージリンを、主にしているんですけど、作っている場所が、違うので、ダージリンと言っていいかは・・・ただ、普通には、手に入らないかと・・・」

「そうなんだ・・・じゃあ、今ちゃんと味わないと」

「そう、ですね・・・あの、その、本。どうです、か?」

シーラちゃんが指さしていたのは今まで読んでいた「小さなおいぼれ馬」。

シーラちゃんはどうやら、口下手だけど押しは強い方みたい。グイッとわたしに体を向ける。

「えっと・・・なんか・・・この主人公の王子が、わたしみたいだなぁ、って」

わたしはそう言ってポツポツと今日会ったことを話す。

こんなことを聞いても彼女の迷惑にしかならないような気がして一回話すのをやめたけど、彼女が「続けて、くれていいですよ」って言ってくれたからありがたく最後まで語らせてもらった。

「あ、今日、あそこで転んでいたのは・・・」

「そ。そのことにイラついてて、いつもと違う道を歩いてたら転んじゃって」

「そう、だったんですね」

わたしは話している間は膝の上に乗せていたアイスティーをコトン、と机に置く。

「わたしも、この王子みたいにダサいなーってものは見るのがキライだったし、自分が綺麗だって思ったし・・・こう、客観的に見るとほんとわたしの方がダサいね・・・」

アイスティーの上を浮かぶ氷を見ながら薄く笑う。

「・・・でも、今、気付いたのなら、いいんじゃ、ないですか?」

「え・・・?」

バッと思わずシーラちゃんの方を向く。彼女はわたしの目を見ながら子供を諭す様にゆっくりと話し始める。

「確かに、今気づいていなかったら、これからずっと、それに気づかずに生きていく訳、じゃないですか。でも、今気づいたから、これから、直していけば、いいと思う」

「・・・シーラ、ちゃん」

「それに、佳奈さん、まだ最後まで、読んでないでしょう?まずは、最後まで読んでみて」

「う、うん」

シーラちゃんの言葉に頷いてわたしはさっきの続きを読み始めた。


ある日のこと、城の前に小さなそりが止まっていました。

見ると、そのそりを引いているのはあの可愛い馬ではありませんか!ハンスは喜んで駆け寄り、体を叩いて、話しかけました。

ちょうどその時、王様の下のお姫様がそこを通りかかりました。ハンスのそばにいたそのおいぼれ馬を見ると、お姫様は嬉しそうに、

「まぁ、可愛いこと。わたしも、こんな小さな馬が欲しいわ。これだっら、わたしが上に乗ったりできるわ!そう思わないかしら?そこの小さい人?」

「できますとも」と、ハンスは言いました。

「この馬は、なんでもよくわかるんです。こんなに元気で、ちゃんとした馬はほかにいませんよ」とも、ハンスは言いました。

お姫様は王様のところへ行き、この小さな馬が欲しい、とお願いしました。

最初はそのみっともない馬をあげるのに反対しましたが、お姫様はおねだりを続け、ついにはその馬をもらうことができました。

同時に、ハンスをこの馬のお世話係に任命しました。

「ちゃんとお世話してね、ハンス」お姫様のそこの言葉をハンスは喜んで約束し、馬は日に日に美しくなっていき、お姫様はそんな馬の上に乗ったりして大変可愛がりました。

ある日、王様の二人の娘のうち、上の娘が持っていたお母様の形見の指輪を、無くしてしまいました。

王様や上のお姫様は一生懸命探しましたが、見つかりません。

とうとう王様は指輪を見つけたものには上のお姫様と、国の半分を与える、とうおふれが出されました。大勢の貴族たちが城へ来て指輪を探しますが見つかりません。

一方、ハンスは下お姫様の馬に水を飲ませていると、水の中で金色の魚が泳いでいました。

すると、馬がその魚を捕まえ、ハンスがその魚を台所へ持っていくと、中から上のお姫様の指輪が出てきました。

そこで王様は、上のお姫様に言いました。

「姫よ、お前は馬やのハンスと結婚しなければならぬ。あの若ものが指輪を見つけたからな」

上のお姫様も承知しました。しかし、ハンスは、

「お姫様の指輪を見つけたのは、僕ではなく、下のお姫様の馬です」と言いました。

下のお姫様はこれを聞くと、自分のおいぼれ馬のところへ走っていき、首に抱きつきました。

「お前は、お姉様とは結婚させないわ。この馬は、わたしの一番のお友達なのだから」

お姫様がそう言うやいなや、馬の姿は消え、若く美しい王子が立っていました。

「ありがとう、君のおかげで僕は救われた」

と王子は言いました。

それから二人は王様のところへ向かいました。そして、王子は王様に自分の起こした罪と、それによって自分が償わないといけない罰を話しました。

全てを聞いた王様は喜んで、ハンスと上のお姫様、王子と下のお姫様のそれぞれの結婚を認めました。

美しい王子は下のお姫様を連れて自分の王国へ帰りました。王子の元気な姿を見て国中が大喜びしました。


そして、ハンスと王子はそれぞれの国の王様が歳をとって亡くなった後、王位を継いで立派な王様とになりましたとさ。


「・・・そっか」

最後のページを読み切ってパタン、と本を閉じる。

「佳奈さん、何か、わかったの?」

「・・・うん、分かったような、気がする。うん」

「そう、なの?」

「うん。確かにわたしは今まですごい自分勝手だったかもしれないけど、まだやり直せるチャンスはあるよね?もう、あの子とはよりを戻せないかもしれないけど・・・ね」

「・・・佳奈さん。佳奈さんは、本当に、そう思いますか?」

「?うん。この本読んで目が覚めたよ。この王子みたいにハッピーエンドにならないかもしれないけど、これからなるなら最初の王子よりもラストの王子や、ハンスみたいな人になりたい」

そうキッパリというとシーラちゃんはあの時のように目を大きく見開いて、それから顔を綻ばせた。

「ん、それなら、そうなれるように、おまじない、しよ?」

「お、おまじない?」

初めて聞く言葉に疑問形で返すが、シーラちゃんはそれ以外は何も言わずに立ち上がってどこかへ行ってしまった。

(・・・え?わたし、このまま帰っていい・・・?)

そう思っているとシーラちゃんが戻ってきた。その手には紙と黒い棒(多分ペン)と何かの液体が入った瓶(これは多分インク)のようなものを持っていた。

「その、棒みたいなやつって何?」

「あ、これは、万年筆です。結構、お高いのでそんなに、みたことないかも、しれませんね」

(お高いならなんでシーラちゃんは持ってるんだろ・・・?)

でも、そんな質問もできずに彼女は万年筆にインクをつけて何かを書き始めた。

「えっと、それは・・・?」

「・・・お手紙。神様に呼んでもらう。あ、佳奈さん。赤と青、どっちが、好きですか?」

「かみさま?あ、赤と青だったら、赤・・・かな?」

なんか、今日ここに来てから初めてきく単語がありすぎる気がする。

「うん。神様は人智を超えた、絶対的存在。わたしたちは只、神様の恩恵を・・・」

「ん、ん・・・?」

なんか、話がめちゃくちゃ大きくなってきているような・・・

「とにかく。この手紙で、神様が、この状況を、知ることができるの。ついてきて」

シーラちゃんに案内された先はあの、模様のもっと先。

太陽光をたっぷり差し込んで光り輝いているステンドグラス。ステンドグラスの真ん中には初めて見る模様が書かれていた。

そして、階段のには棒が二本ついている金の箱。

「ここは・・・」

「神様と、接続できる、ところ。あの星、がダビデの星、っていうの。あの箱、は聖櫃。神様と人間が契約した証が入ってる」

「へ、へぇ・・・」

わたしの困惑の呟きを納得のつぶやきに聞こえたのか、シーラちゃんはそれ以上は何も言わずにせいひつ?の前に向かう。

わたしも特に言われなかったから着いていく。

「佳奈さん、はここまで」

そう言われて立ち止まるとシーラちゃんは一人で階段を全て登り切ってさっき書いていた紙とイヤリングをせいひつ?の前においたのが分かった。

そしてそのまま手を組み合わせて目を瞑る。

「神様・・・・・・」

わたしには全くわからなかったけど、彼女は目的のことは達成したのだろう、笑顔でせいひつの前に行くが、せいひつの前にきた瞬間、その笑顔がピキ、と固まった。

「う、そっち・・・?そこは、友情でいこうよ・・・」

どうやらシーラちゃんにとっても予想外のことだったらしい。「嘘でしょ」とか「なんで」とか言いながら階段を降りてくる。

「シーラちゃん・・・ってあれ?手紙は?」

「神様が、持って行った。代わりに、これ」

「えっと・・・くるみ?」

シーラちゃんが渡してきたのは一つのくるみ。正直にいうと、なんでくるみがシーラちゃんの手から出てきたのか全くわからない。

「神様からの、贈り物。家に帰るまで、持ってて」

「う、うん」

シーラちゃんの迫力に頷いた瞬間、わたしの持っていたスマートフォンがかすかに振動した。

(・・・あ!バイト!)

それは、バイトの時間の三十分前を知らせるアラームだった。いつもならこの時間帯は家にいるけど、今は初めて訪れた本屋さんの中だ。今すぐ家に帰らないとまずい。

「あの、シーラちゃん。わたし、バイトがあるからもう帰るね」

「・・・佳奈さんの通っている大学の正面玄関から五十三歩」

「え?」

「もし、またここにきたいなら、今言った通りにいけば、ここにいける道があるから」

「・・・!ありがとう!」

わたしはシーラちゃんに手を振って走って家に向かって走る。もちろん、シーラちゃんに言われた通りくるみは持ったまま。

「うわっ!」

「あ、ご、ごめんなさい!」

急いでいたせいで目の前を歩いていた人とぶつかってしまった。

「いえ、僕もごめんなさい・・・あれ?あなたって確か・・・?」
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