あなたが好きだと言いたかった。
 その日の帰り道、いつも球拾いをしている柿沢直也がバス通りを歩いていると、、、。
「ねえねえ、青山君って君の学校だよね?」と誰かが話し掛けてきました。 (うぜえなあ。 誰だ こいつ?)
 柿沢は高校生を無視して歩いていきます。 「青山君って知ってるよね?」
後ろから追い掛けてきた高校生はなおも聞いてきます。 「うるせえなあ。」
「知ってるんだろう? 教えろよ。」 「関係無いだろう? 何処の誰かは知らないけど、、、。」
「ふざけんじゃねえよ! 舐めてんのか? ボコボコにしてやらあ!」 その高校生が柿沢を捕まえた時、脇道から同級生らしい高校生が飛び出してきました。
 一瞬のことで何が何だか分からない柿沢はそのまま道路に投げ飛ばされて、、、。

 気付いてみると名志田先生が心配そうな顔で覗き込んでいました。 「俺、、、。」
「気が付いたか。 道路の真ん中で倒れてたんだ。 誰かにやられたんだな。」 「あいつは、、、。」
「今は寝てろ。 相当ひどく殴られたらしいな。 警察も必死に調べてくれてる。 お前はまず体を治すんだ。」 「それじゃ、青山が、、、。」
「分かってるよ。 誰かは知らんが青山を狙っているやつらが居る。 この間は優紀にも絡み付いてたそうだ。」 「優紀にも?」
 そこへ医師が入ってきた。 「脳震盪を起こしてたんですね。 ctも異常は無いようです。」
「しかし、体のほうは、、、。」 「肋骨の罅が有る程度です。 まあ内出血がひどいのでこの処置は必要ですが、、、。」
「そうですか。」 「しかし、状況を聞いて驚いたんですが、お宅のエースが狙われているとか、、、。」
「おそらくは誰彼関係無く襲うつもりでしょう。 見境が付かなくなってるのが気掛かりです。」 「取り合えずは数日入院しても構いません。 お大事に。」
医師と入れ替わりに青山君が入ってきた。 「柿沢が狙われたって?」
「青山、心配なのは分かるがお前は動くべきじゃない。 今度は罅だけじゃ済まないぞ。」 「分かってます。 でもこうして一人ずつやられていくのは見ていられません。」
 柿沢はボーっとした頭で高校生のことを思い出そうとしている。 (どっかで見たことが有るんだよな。)
でもなかなか思い出せません。 そのうちに柿沢は眠ってしまいました。

 翌日の新聞はまたまた大騒ぎです。 青山君の写真まで1面に出てしまいました。
「これじゃあ、青山に自首しろって言ってるようなもんだぞ。 なんとかならないのか?」 校長先生までが新聞社に抗議します。
「でもせっかくのネタですから、、、。」 「あんたらのおかげで青山が殺されたらどうするんだ? それくらいの問題なんだぞ。」
「相手は高校生なんでしょう? 殺したりはしませんよ。」 「言い切れるのか?」
「殺されようがどうしようが、スクープはスクープですから。」 記者たちは平然とした顔で答えます。
「今のマスコミは腐っとる。 信用ならん。」 「いいでしょう。 あなたがそうでも読者なんて山と居るんですからね。」
 校長先生は続く騒動にうんざりである。 教頭は青山を他の高校へやれないかと思案を巡らせているようですが、、、。
 「転校ですか? 考えてません。」 「いやいや、1学期だけでいいんだ。 考えてくれよ。」
「そんなことを言われても、、、。」 名志田先生もこの話には渋い顔をするばかり。
なんてったって、青山君を引っ張ってきたのは名志田先生ですからね。
 その日のグラウンドはなんとなく沈んだ感じ。 柿沢が狙われたとあっては誰も喋ろうとはしません。
「おいおい、柿沢は死んだわけじゃないんだぞ。 元気出してくれよ。」 「そうは言うけどさあ、、、。」
「お前たちの気持ちは痛いほど分かるんだ。 青山が来たからって誰彼構わず狙ってるやつが居るんだもんな。 でもな、だからって落ち込んでることも無いんだぞ。 相手は青山を取られて僻んでるんだから。」
「僻んでる?」 「そうさ。 こんなやつをエースに戴いたんだ。 そりゃあ羨ましいだろうよ。」
「いいか。 油断はするな。 必ず集団で行動するんだ。 一人だと狙われやすいからな。」
 青山君はマウンドでキャッチャーを相手に投げ込みをしています。 「球が走ってるなあ。 今日はいいぞ。」
「残りはシンカーだな。 こいつさえ切れてくれたら、、、。」 振りかぶってミッドへ、、、。
「よし。 終わりだ。 お疲れさま。」 夕日が闇に変わる頃、みんなはグラウンドから出てきました。
 「柿沢のやつ、、、。」 「話すんじゃない。 話してると狙われるぞ。」
「おっかねえなあ。」 「たぶん、あいつらじゃないのか?」
「あいつらって?」 「青山が前居た高校だよ。」
「あそこなら出場停止になってるはずだよな。 確か、、、、。」 「だから狙ってきたんじゃないのか? 試合に出れないんだ、何でもやれるさ。」
「ガキのくせに、、、。」 「お前だってガキだろうがよ。」
「そりゃそうだけどさあ、、、。」 優紀はそんな同級生たちがなぜか心配になるんです。
(次に狙われるとしたら誰だろう? 北村君かな、、、?) 通りを自転車が猛スピードで走ってきました。
「キャーーーーー!」 優紀が顔を上げた瞬間、自転車が飛び込んできました。

 「おいおい、今度はマネージャーだぜ。 どうなってんだ?」 今度という今度は北村たちも笑っていられません。
薄暗くなってきた通りでいきなり自転車が突っ込んでくるなんて、、、。 大ケガだけは避けられたようだけどこれでは、、、。
「腰を強く打ってますね。 しばらくは動けないでしょう。」 「しばらくってどれくらいだよ?」
「分かりません。 痛みが治まるまでは何とも、、、。」 「手術は、、、?」
「骨が折れてるわけではないので無理です。」 優紀はベッドの上で苦しんでいる。
「今度は優紀か。 なんとかしないと犠牲者が増えてしまう。」 名志田先生も真っ青です。
 さすがに事件続きでは高野連も頭が痛いようで、地区大会の出場を見合わせるように言ってきました。
「何だい、これじゃあ喧嘩両成敗じゃないか。」 「まったくだ。 高野連は何をしてるんだ?」
「元はと言えばトラブルの種を蒔いたのはあなたたちじゃないですか。 ここは一つ、手を引いてくれないか?」 「それは無理です。 部員たちにも夢が有ります。」
「君の言いたいことは分かるんだがね。 こうも事件続きだと高野連としても言わないわけにはいかないんだよ。」 「それはそちらの都合でしょう? 私たちには関係の無いことです。」
「君ねえ、自分の立場を考えたほうがいいんじゃないのか?」 「私は私です。 それ以上でもそれ以下でもありません。」
「ならばここで決定を言い渡そう。 君たちも同じく出場停止だ。」 「それで気が済むんですか?」
「何だと! 高野連に対して何という態度だ! 帰れ!」 名志田先生は部屋のドアを閉めると溜息を吐いた。
「現場を知らない人間はこれだから困るんだよ。」 コーチもうんざりした顔です。
 その頃、優紀はベッドの上でまだ苦しんでいました。 「私がこれじゃあ、、、。」
でも自分が動けないのではどうしようもありません。 そこへ青山君が入ってきました。
「体のほうはどうだい?」 「青山君、、、。」
「部のことは心配しなくていいからね。 柿沢もだいぶ良くなった。 北村たちも頑張ってるから。」
そう言って青山君は、あのポーチをテーブルに置きました。 「どうしたの?」
「葵がさ、私も応援してるからってこのポーチをくれたんだよ。 優紀の傍に置いとくから元気になってね。」 「ありがとう。」
何だか嬉しくなった優紀は青山君の背中を見送るのが精一杯。 やっと少しだけ動けるようになった体を起こして見送りたいんですけど、、、。
 「北村君、今日は頑張ってるわねえ。」 「いつも頑張ってるけど、、、。」
「へえ。 あれのどこが頑張ってるの?」 「失礼だなあ。 俺だってやる時にはやるんだよ。」
「やらない時のほうが多いけどねえ。」 「何だと? 怒らせる気か!」
「それくらい元気にやってくれたらいいのにねえ。」 「大沢さんの言うとおりだあ。」
クラスは今日も賑やかです。 でも優紀の机には、、、。
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