あなたが好きだと言いたかった。
 北村君は校舎を出てから優紀が入院している病院へとやってきました。 「どうしたの?」
「俺たちさ、みんなで退学届けを出してきたんだ。」 「退学届け?」
「青山が居なくなったろう? そんな学校に俺たちだけ居たってどうしようもない。」 「だからってそれは、、、。」
 優紀は痛む腰を押さえながら北村君の顔を見詰めています。 「ほんとにそれでいいの? 私だけ残っちゃうじゃない。」
「だからさ、この際は優紀も退学届けを、、、。」 「私は嫌よ。 私まで居なくなったら青山君が、、、。」
「青山は名志田先生と一緒に居るから安心してくれよ。」 「それとこれとは違うのよ。」
「でも俺たちは、、、。」 「私は青山君のために学校に残るわ。」
そこへ青山君が飛び込んできました。 「優紀、大丈夫?」
「私は、、、。」 「北村が来てたけど何か話したの?」
「みんなで退学届けを出したんだって。」 「そりゃまずい。 これ以上 学校を怒らせたら大変だよ。」
「私もそれを心配してるの。 地区大会ももうすぐだし。」 「そっちはそっちでえらいことになってる。 事件続きでは開催できないかも。」
 「そうよね。」 優紀は窓の外に目をやりました。
 まだまだ昼です。 学校を飛び出した北村君たちは河川敷でぼんやりしています。
「こんな所でやられたら話にならねえな。」 「とは言うけどさ、青山も名志田先生も居なくなったんだぜ。 あいつと喧嘩も出来なくなったんだ。 どうしたらいいんだよ?」
橋をパトカーが走って行きました。 みんなは青山君がやられた商店街のあの道を走ってみることにしました。
 「確かこの辺りだよな。」 「ああ。 新聞で見たのはこの辺りだ。」
野球部の全員がまるでローラー作戦でもするように歩道を歩いています。 「何だ、お前ら 青山の二の前になりに来たのか?」
「誰だよ?」 「知らねえのか? だから弱いんだよ。 お前らみたいな超4級の野球部なんてなあ、潰れちまえばいいんだよ。 はははは。」
「柳田だよ。 覚えてないのか?」 佐藤伸介が北村に声を掛けました。
「おー、覚えてるやつが居た。 試しに吊し上げてみるか?」 「てめえ、いい気になるんじゃねえよ。」
「待て。 ここで騒ぎを起こしたらまずいぞ。」 「へえ、誰に気を使ってるんだろうねえ? 米沢君。」
「ここは抑えろ。 喧嘩したら今度こそ終わりだぜ。」 「坊ちゃんたち 喧嘩も出来ねえのか? じゃあその根性を叩き直してやるよ!」
 柳田は仲間と一緒に殴りかかってきました。 北村君たちは最後の最後まで手を出さずに我慢してますが、、、。
「さあさあ、いつまで耐えられるかな? 君たち?」 そこへ野次馬が集まってきましたね。
「やべえ、写真まで撮られたら逃げられねえよ。」 仲間は柳田を残して逃げ出しました。
 北村君たちは殴られっぱなしだったもんだから立てずに居ます。 野次馬の一人が警察を呼びました。
「またお前たちか。」 警官の一人は呆れ顔です。
 でも今回は違いますね。 柳田が残っています。
現場はまだまだ混乱してますが、柳田と北村をパトカーに乗せて帰って行きました。
 その話を聞いた青山君は心配でなりません。 「でもまあ、北村たちは手を出さなかったって言うからなんとかなるだろう。 問題は柳田だ。」
名志田先生にもこの乱闘は伝わってます。 「北村たちがやられたのか、、、。 これではどうしようもないな。」
 ところがそれ以上に混乱していたのは高野連でした。 「いったいどうなってるんですか? あの高校は今も危ない状態で、、、。」
「分かってる。 先に手を出したほうが悪いんだ。」 「しかし、高野連では喧嘩両成敗の判断をしましたよね? それについてはどうなんですか?」
「その判断は正しかった。 今も変える気は有りません。」 「やった側とやられた側が同じ? そんなことって有るんですか?」
「相手は高校生です。 未成年なんです。 どちらも大会に出すわけにはいきません。」 「それではあんまりなのでは?」
 議論が議論にならなくなってきている。 新聞記者たちも途方に暮れるしかありません。
 そこへまた新たな動きが、、、。 「2校とも地区大会の場で堂々と戦わせるべきだ。」という人たちが署名活動を始めたのです。
「またけしからん動きが出てきたな。」 あの校長たちも苦々しい目で活動を見守っています。
 すると、、、。

 「私たちはどちらの高校にも地区大会に参加する義務が有るものと思っています。 その義務を果たさせないのであれば高野連はもはや無用の存在だと言わざるを得ません。 組織自体を即刻解体して新しい組織と機構を作るべきであると主張します。」
市民団体の名で宣言が公表され、署名活動にも熱が入ってきたのです。
 「これでは我々は、、、。」 「ほっとけ。 どうせ長続きはせん。 どっかで崩れるはずだ。」
高校生同士のいがみ合いが市民を巻き込んでのとんでもない大波になってきました。 これには青山君も頭を抱えてしまっています。
「応援してくれるのは嬉しいけど、これじゃあ、、、。」 毎日毎日、駅前や街角で署名を呼び掛ける人たち、、、。
そしてそれおを苦々しく睨みつけている人たち、、、。 どんなタイミングで喧嘩が勃発するか分からない状態、、、。
 優紀もラジオニュースを聞くたびにハラハラしっぱなし。 (青山君が、、、。)
 街頭での署名活動は県内の高校へと広がっていきました。 地区大会まであと少しです。
それにしてもあっちでこっちで喧嘩が始まりそうな嫌な予感。 北村君は簡単に事情を聴かれて帰されたのですが、柳田のほうは翌日も聴取を続行することになって、それもまた大騒ぎに拍車を掛けました。
「警察が高校生を不必要に取り調べている。 即刻やめるべきだ。」 市議会議員が声明を発表したものだから騒ぎが騒ぎを呼んでしまったのです。
 「これでは解決できない。 どうしたらいいんだ?」 さすがの高野連も解決の糸口を見付けられずに混乱しているようですね。
 「元はと言えば高野連が喧嘩両成敗にするからこうなったわけでしょう? そう思いませんか?」 テレビ記者は食い下がる。
「私どもの決定に間違いは有りません。 決定を覆すようなことも考えていません。」 その記者会見を聞いた高校生たちは激怒した。
 「俺たちはフェアプレーで乗り切ることを教えられてきた。 その大人たちがフェアプレーを拒否している。 こんなのを許すわけにはいかない。 事件を起こした生徒たちが責任を取るべきであって、起こされたほうの生徒たちには何の落ち度も問題も無いじゃないか。」
 優紀は騒ぎが大きくなる中で一人もがいていた。 「野球部の人たちはみんな退学しちゃった。 どうしたらいいのよ?」
 それでもふとクラスノートを開いてみるのであります。 このノートにはみんなのプライベートな情報が書かれているのです。
 「青山君は、、、、、と。」 そのページを開いた時、優紀はドキッとしました。
誕生日が6月15日だったからです。 「あたしと十日違いなんだ。」
何だか嬉しくなった優紀は翌日、近くのケーキ屋に寄りました。
 トリコロール フランテ。 5年ほど前に開店した店です。 オリジナルでバースデーケーキを作ってくれるというので行列が出来ていますね。
「6月生まれなんだな。 同じだったんだ。 ドキドキしちゃうな。」 いろんなことを考えながら店内へ、、、。
 スポンジを買ってクリームやデザートを飾っていきます。 (なるべくシンプルなケーキがいいな。)
そう思った優紀は少しだけ飾ったショートケーキにしました。 そして最後にメッセージカードを挿入。
 出来上がったケーキを持って青山君が暮らしている寮へ、、、。 でもさっきから緊張しっぱなしなんです。
なぜって? こんなこと初めてだから。
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