あなたが好きだと言いたかった。
 管理人室へ行きまして、、、。 と思ったら管理人が出てきました。
「誰かに会いに来たんですか?」 「は、はい。 青山君に、、、。」
「同じ学校の生徒以外は会わせないように頼まれてるんだけど、、、。」 「同じ学校なんです。 野球部のマネージャーでした。」
「でした?」 「はい。」
 「そうか。」 管理人は優紀の名前を聞くと部屋に入っていきまして、、、。
 それから5分ほどして寝落ちしそうになっているとバタバタと駆け寄ってくる足音が聞こえました。 「優紀じゃないか。 どうしたんだ?」
「あ、あの、、、これを。」 緊張した顔で小さな箱を青山君に渡します。
「お誕生日 おめでとうございまーーーーーす。」 それだけ言うと優紀は真っ赤な顔で鉄砲玉のように玄関から飛び出していきました。

 『青山君へ、、、。
私、五日が誕生日なんですけど、青山君も6月だったんですね?
もし良かったらこのケーキを食べてください。
 甲子園を一緒に目指しましょうね。
                優紀』

 ケーキの箱を開けた青山君は転がり出たメモを慌てて拾いました。 (優紀、、、。)
 退学して名志田先生とも連絡を取らなくなった今日この頃です。 北村君たちもどうしているのか心配ではありますが、、、。
それより何よりマネージャーとして支えてくれていた優紀のことが心配でした。
 毎日、部屋でラジオを聞きながら教科書と睨めっこをするのですが、それでもやっぱり優紀のことは忘れられないのでしょう。
ケーキを食べながらさっきの優紀の顔を思い出しました。
(騒ぎがここまで大きくなってしまって、これでは地区大会もまともにやれないな。) 青山君は北村君たちの心配もしています。 心配してもどうしようもないことは分かっているんだけど、、、。
 次の日、名志田先生が寮をひょっこりと訪ねてきました。 「おー、元気か?」
青山君の部屋に入った名志田先生はケーキの箱を見付けると、、、。 「何だこれ?」
「昨日、優紀が持ってきてくれたんですよ。」 「あいつ、青山のことが好きなのかね?」
「さあ、分かりません。」 「まあいい。 こうして応援してくれる人も居るんだ。 負けてられないぞ。」
「はい。」 「明日、県教委に陳情書を出すことにした。」
「陳情書?」 「そうだ。 退職した身だから派手なことは出来んがね。」
名志田先生は腕組みをしながら壁に飾ってあるグローブに目をやった。 「投げたいだろう?」
「もちろん。」 「それは私も同じなんだ。 そしてあの高校の先生たちも同じなんだ。」
 そこで共同陳情という形で直談判するんだというんです。 (出来るのかな?)
「迷ってたら何も出来ないぞ。 ダメ元でやるんだよ。」
名志田先生はそう言うと青山君の手を強く握りしめました。
 斉灯冠高校 立明漢高校 それぞれに野球部の顧問 監督 部長が連名で認めたという陳情書である。
確かに騒ぎを起こした立つ明漢の顧問は最初こそ陳情することを渋っていたのだが、、、。
 一方で街頭署名活動は毎日のニュース番組でも取り上げられ、YouTubeやツイッターでも注目を集めていた。
そんな中で名志田先生は陳情を決意したのです。 もちろん、高野連がそれを受け取るかどうかは分かりません。
さらに混乱させることになるかもしれない。 それでも動くしかない。

 水曜日、名志田先生と立明漢の顧問 富沢先生は高野連を訪れました。 「何の用だ?」
「高校生を地区大会に出すべく陳情に参りました。」 「あんたらに陳情する権利なんて無いんだよ。 帰れ。」
「私どもは脅されようが何をされようが受け取っていただくまで帰りませんよ。」 「生意気な、、、。 高野連に立て付く気か?」
「高校野球は高野連の私物ではないはずです。 問題を起こしたとはいえ、生徒たちには出場する権利が有ります。」 「またその話か。 うざいから帰ってくれ。」
「お願いします。 私の頼みではなく生徒の願いなんです。」 「おい! 不法侵入だ。 警察を呼べ!」
 室内は騒々しくなってきた。 富沢先生は帰ることを進言したが、名志田先生は一歩も退かない。
「傲慢なやつだな。 摘まみ出せ!」 騒ぎが騒ぎを呼び、男性職員が名志田先生を摘まみ出そうとしたところへ青山君が飛び込んできた。
「青山、お前まで来たのか?」 「黙ってるわけにはいきません。」
「退学した人間に用は無いんだよ。 出て行け!」 「何てことを言うんだ! あんた、それでも大人化!」
 青山君を追い掛けていたらしいテレビ局の記者が叫びました。 「何だと?」
「この様子は撮らせていただきました。 夕方のニュースで全国に発信しますね。」 「ま、待て。 それは困る。」
「何が困るんですか? あなたには関係無いでしょう?」 「待ってくれ。 話し合おうじゃないか。」
「話し合うのであればこの先生たちと話し合ってくださいよ。 私は関係無いんだ。」 「何だと? 記者の分際で、、、。」
 そこへ警察官が3名ほどやってきました。 「通報されたので来たんですが、不法侵入したのは?」
「ああ、そいつですよ。」 幹部は記者を指差した。
「あらあら、友愛テレビの記者さんかい、、、。 取り合えず隣の部屋で話を聞こうか。」
 昼も3時を過ぎたところです。 騒ぎはなかなか解決しませんね。 表が騒がしいなと思ったら、、、。
 「高野連は今すぐに決定を破棄すべきだ! 子供たちの夢を大人たちのエゴで潰してはいけない!」 マイクで叫んでいる団体が走っています。
 そして、、、。 「この署名を代表の方に渡したいんですけど、、、。」
襷を掛けた女性たちが事務所を訪れました。 大きなダンボール箱を抱えてね。
 事務員はどうしていいのか分からない顔をしています。 「高野連の決定は間違っています。 今すぐにここで撤回してください。」
「それは、、、。」 「出来ないんですか? ならばここでストライキに入ります。」
 何だかとんでもないことになってきました。 単なる喧嘩がこんな大騒ぎになるとは、、、。
 隣の部屋では警察官と友愛テレビの記者が懇談しています。 「ところであんたは誰かを追い掛けてきたんじゃないのか?」
「そうです。 斉灯漢の青山党首です。」 「おー、青山か。 あいつを追い掛けてたのか?」
「そしたらあの先生たちとやり合っているのを見てしまったので、、、。」 「それでカメラを回しながら部屋に飛び込んだ、、、、か。」
「こりゃあ事件性は無いなあ。 不法侵入だとは言うけれど、あちらさんも気が動転してたんだろう? 帰っていいよ。」 「いいんですか?」
「逮捕するわけにもいかん。 事件性が無いのに逮捕したら俺たちまで騒がれる。 引き上げよう。」 玄関ロビーでは署名集めをしていた人たちが押し掛けて叫んでいます。
 「まいったなあ。 これじゃあ学生紛争だぞ。」 人込みを掻き分けながら警察官も外へ出るのがやっと。
 その日の夕方もニュース番組は高野連を追い掛け回していました。
 「この問題をどう決着させるおつもりですか?」 記者の問いかけに関係者は何も答えない。
 「陳情書は受け取られたんですよね?」 「、、、、、。」
(何とか答えたらどうなんです? 地区大会だってもう直でしょう?」 「、、、。」
 東京ではこの問題を受けて文部科学省が対応を迫られていた。 「各都道府県の高野連が判断することですから、対応はそちらの高野連に任せてあります。」
「それでも埒が明かなかったらどうされるおつもりですか?」 「それはその時に寄ります。」
「文部科学省のほうから通達なり指示なりを出されるということですか?」 「その時になってみなければ分かりません。 いずれにしても文部科学省からどうこう言うことは出来ませんので。」
 県議会も対応を協議し始めたようで、ポロリポロリと話が伝わって来てます。 どうなるんでしょうか?



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