あなたが好きだと言いたかった。
 1回の裏、今度は攻撃です。 笠村君がバットを持ちました。
「普段通りにやれよ。」 青山君がポンと肩を叩いて送り出しました。
 「1番 ショート 笠村君。」 「打てないヘボちゃん 引っ込みな!」
ヤジは止まりません。 そのたびに大爆笑が起きます。
 「試合中の選手に対して風紀を乱すような発言はお控えください。」 包装室から再三の注意がされるんですが、、、。
実はこの試合、マスコミも興味本位で取材に来てます。 両チームの監督にインタビューまでしようとしてきました。
これには警備員も呆れ顔。 「あのさあ、試合中なんだから終わってからにしてよ。」
「いやいや、青山たちの采配が気になるんですよ。 それが一番のニュースですからねえ。」 テレビ局の腕章を着けたカメラマンと記者が乗り込もうとします。
「だからそれは終わってからでいいでしょう?」 「市民の知る権利を妨害する気か?」
「もっと大事なことがあんたらには有るだろう?」 「これも大事なことだ。 退け!」
 球場の入り口付近では場外乱闘が始まりそうな予感。 そんな空気も知らずに笠村君はバッターボックスへ。
田原西のピッチャーはスライダーが武器の坂崎君です。 最初から飛ばしてきます。
 笠村君は慎重にボールを見極めているようです。 要らないボールはファールでカットし粘っています。
 「へ、どうせお前らは打てないんだから静かにしてろよ。」 嘲笑いながら投げた7球目、、、。
コンという音がしてフラフラと飛んでいきました。 すぐにショートがカバーに入りますが、、、。
「え?」 その前でボールがユレギュラーしました。
 戸惑っている隙に笠村君は俊足でセカンドまで、、、。 「おいおい、あんな凡フライに惑わされてどうするんだ? 準優勝の校旗が泣くぞーーーーー!」
そんな声が聞こえてきて選手たちは渋い顔をしました。 「去年は去年だ。 気持ちを入れ替えろ!」
 「2番 キャッチャー 川崎君。」 「ヘボヘボ 引っ込めーーーーーー!」
 「試合中の選手に対して風紀を乱すような発言はおやめください。」 「風紀を乱してるのはこいつらだあ。」
「川崎君、ヤジは気にしなくていいからね。」 青山君はさっきと同じように川崎君の肩をポンと叩きました。
 打席に入った川崎君はセーフティーバントの構えをしています。 「バンとか。 やれるもんならやってみろ。」
ピッチャーはボールで揺さぶってきますが川崎君は動じません。 (何だこいつ?)
3球連続でボールになってしまった坂崎君は焦ってど真ん中へ、、、。 それを待っていた川崎君は当てに行きました。
 ボールは意外と伸びてセンターへ。 3塁を回っていた笠村君は思い切って踏みとどまりました。
それを見ていた青山君もハラハラしていたようです。 「あのまま走り抜けていたらアウトだよ。」
ポツリと言った言葉を何気なく優紀も聞いていました。

 3塁 1塁のチャンスですが、、、。 吉田君 富岡君と三振してしまって笹井君に回ってきました。
名志田先生は不気味に笑っています。 (気味悪いなあ。 どうしたんだろう?)
 優紀もスコアを書きながら名志田先生の顔を見ました。
「いつも通りだぞ。 いつも通り。」 両手を胸の前で組んでどっしりと構えている名志田先生、、、。
それがなぜか大仏のように見えてきます。 笹井君はバントの構えをしました。
「へ、またバントか。」 舌打ちをした坂崎君は思い切ってインコースへ、、、。
 「デッドボール!」 「何だって? デッドボール?」
田原西のコーチが侵犯に詰め寄ろうとしますが、主審は顔色一つ変えません。
 ツーアウト満塁です。 坂崎君はキャッチャーを呼びました。
一言二言交わしてから二人は構えます。
 次は山村君です。 でもなんか緊張してるみたい。
ボール球を振ってしまって三振してしまいました。 「いやいや、みんな頑張ったな。」
名志田先生は塁に出ていた3人を労ってから守備に送り出します。 「いいか! 試合は始まったばかりだ。 楽しくやろうぜ!」
青山君も精一杯の声掛けをしています。 優紀はまた胸がキュンとするのでした。
 空はよく晴れていて暑くなりそうです。 白い雲が頭の上を流れていくのが見えます。
北村君は川崎君のミッドを睨んでいます。 (今日は調子いいな。)
川崎君も安心したようにリードを続けます。 その頃、球場の外では、、、。
 「だからちょっとだけだって言ってるでしょう?」 「そのちょっとが問題なんだよ。 お宅らのちょっとは一般常識を越えてるからね。」
「一般常識って何なんですか? こちらは仕事で来てるんですよ。」 「俺も仕事でここに居るんだよ。」
「邪魔だから退いてくれませんか?」 「無謀な取材を許すわけにはいかないんだよ。 帰りなさい。」
「あんたに命令する権利は無いだろう? 何様なんだ?」 「警備員ですけど何か?」
「邪魔だからどっか行けよ!」 「あんたらがどっか行ったらどうだ?」
 さっきからずっと続いているマスコミと警備員の押し問答ですね。 まだまだやっているようです。
そこへ同僚の警備員が加勢に来ました。 「警察も呼んでおいたから覚悟しなよ!」
「何だと? 一般市民の知る権利を権力を使って弾圧する気か!」 「知る権利はみんなの物だ。 あんたらの占有物じゃないんでね。 勘弁してくれ。」
「てねえ、いい気になりやがって、、、。」 「いい気になってるのは誰ですかねえ? マスコミさん。」
 そこへ警察官がやってきました。 「またまたあんたらか。 いい加減にしてくれよ。」
警察官も面倒くさそうに記者たちを連れて行きますが、、、。 「覚えてろよ! 復讐してやるからな!」
まあまあ、外野がこれでは堪ったもんじゃありませんね。 でもしょうがないかも。
 だって騒ぎはあの事件から始まっているんですから、、、。




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