あなたが好きだと言いたかった。
 週が明けて月曜日。 今度はクラス集会だ。
「今月、転入してきた青山君を紹介する。 野球部の連中は知ってると思うがよろしく頼んだぞ。」
担任の倉木喜朗先生は嬉しそうに青山を紹介した。
「席は、、、あそこ。 松沢八重子さんの隣だ。 頼んだぞ。」 「ヒューヒュー!」
「倉田、もてないからって僻んでも無理だぞ。」 「ヘイヘイ、やられてやんの。」
「岡崎、お前も同類だろうが。」 「はははははは、、、。」
倉木先生はクラスを見回すと急ぎ足で出て行った。 「八重子ちゃんの隣ねえ。」
「妬いてんのか?」 「あんな可愛い子の隣に座れるなんて、、、。」
「じゃあ、それなりに格好良くなってみろや。」 「お互い様だろうがよ。」
 そんな同級生たちの話を聞きながらも青山君は乱されること無くマイペースなんだ。
渡された教科書を丁寧に確認しながら机に入れている。 物静かでおとなしい人、、、。
なんかまたドキドキしてきたわ。
「おい、優紀。 何見てんだよ?」 「んんんん、何でも。」
「お前、誰かにキュンキュンしてるな?」 「してないってば。」
「その顔は怪しいぞ。」 「吉田君、もてないからって優紀を虐めないの・。」
「チェ、、、面白い所だったのになあ。」 「私は面白くないわよ。」
「つめてえなあ、かおりは。」 「あんたが馬鹿なだけ。」
「お二人さん 邪魔だからどいてくれる?」 「わりいな。 あれあれ?」
「青山君が部室に行きました。」 「マネージャー様もおいでくださいませ。」
「馬鹿に丁寧なのねえ、近藤君。」 「怒らせると怖いから、、、。」
「誰がよ?」 「あなたです あなた。」
「私? ぜんぜん怖くないわよ。」 「試合の時はぜんぜん怖いのに?」
「試合と日常は別よ。」 「それより青山君が、、、。」
「彼がどうしたの?」 「部室に籠ってるんですよ。」
「エースだからねえ。」 「それが何か?」
「勝ったことの無い高校に転入してきたのよ。 責任重大じゃない。」 「それもそうだ。」
「なあ、木村。 一度も勝ったことの無いこんな高校に超エリートなエースを誰が引っこ抜いたんだろう?」 「名志田先生だよ。」
「あの先生が、、、?」 「一度だけでもいいから勝ってみたいんだろう?」
「お前はどうなんだよ?」 「俺は脇役にされちまったからなあ。」 「諦めるのか?」
「どうでもいいよ。 甲子園なんて、、、。」 「行きたいとは思わないのか?」
「俺じゃなくても連れて行ってくれるよ。」 「これじゃあダメだな。」
「優紀さん、ノート取ってくれるかい?」 「え? あ、このノートですか?」
「そう。 今まで戦ってきた相手校の資料が挟まっているこのノートだ。」 「青山さんとも戦ってるんですよね?」
「そうだね。 去年の秋の大会だった。 コールドだったけど。」 正幸は懐かしそうにスコアブックを開いた。
 秋の県大会。 初戦で戦ったのが青山が居た立明漢高校。
まともに張り合える相手でもなかったから10対0でコールド負けをしたんだ。
「一回でいいからホームインする姿を見せてくれ。」 先輩たちにもそう言われてきた。
でもそれがなかなか叶わなかったんだ。 叶いそうな試合も有った。
でも僅かに盗塁でミスってしまっておじゃんになった。
「そうか、、、みんな空振りなんだね。 一度もバットに当たってない。」 青山は何処となく吹っ切れたような顔をした。
「空振り?」 「そう。 俗に言うブンブン丸ってやつだよ。 これじゃあバントすら出来ない。」
「青山さんには分かってたんですか?」 「監督がね、「あそこは真ん中に投げてもヒットにはならないから大丈夫だよ。」って笑ってたんだ。 おかしいことを言うなって思った。 でも分かったよ。」
「これからどうするんですか?」 「まずはバッティングフォームの見直しだ。 ボールに当たらなきゃ試合にならないから。」 「コーチも分かってたはずなのに、、、。」
「コーチのメモにはそのことが書いてある。 分かってたんだよ。 問題は選手のやる気だね。」 「やる気、、、か。」
優紀は「やる気」という言葉を聞くと目の前が真っ暗になるんだ。 だって、、、。
やる気まったく0の野球部だからねえ。 だから万年0勝なのよ。
一応はエースの木村君だってあの調子だしさ、どうしたらいいのよ?

 部室でエースとマネージャーが密談していることはすぐに噂になってしまった。 「密談だって?」
「あれは密談じゃないわよ。」 「でもさあ、青山君と二人っきりだったんでしょう?」
「ノートを見せてくれって言われただけよ。」 「え? 勉強してたの?」
「何ていうのかな、、、試合のスコアブック。」 「何だ、それ?」
こんな具合で分からないのに噛み付いてくるから優紀も青山も困り果ててしまいます。
それでも二回目の密談を部室でやりました。 今回は名志田先生も同席です。
「青山君、チームの司令塔になってくれないか?」 「ぼくがですか?」
「芦川さんにはデータを集めてもらっている。 これはかなり参考に出来る。 そこに君の意見を入れて試合を作りたいんだ。」
「出来るかな、、、?」 「やってみましょうよ。」
「それなら、、、。」
 というわけで青山とコーチが作戦を練り上げてトレーニングメニューも大幅に入れ替えました。
週の前半はリラックストレーニングで汗を流しましょう。 体を柔らかくするんですって。
週の後半は走り込みとバッティング練習。 とにもかくにもボールを打つんだ!
初歩が全くダメではねえ。
 もちろん、リタイヤしそうなやつもたくさん居ます。 そいつらを優紀が懸命に励まします。
まだまだ4月。 地区大会までは時間が有ります。
青山は名志田先生を相手に投球練習を繰り返しています。
「フォークは本当に重たいなあ。 これなら打てないわけだ。」 「撃たれたことも有りますよ。」
「そりゃあ有るだろうよ。 俺だって三振ばかりじゃなかったからね。」 名志田先生は青山の手を見詰めました。
「これから成長する手だな。」 青山は空を仰いでいました。
「大谷さんみたいになるんだ。 ピッチャーで世界をアッと言わせてやるんだ。」
二刀流と言われて衝撃を与え続けている大谷翔平、、、。 彼を目標にした青山は自分に誓ったのです。
世界で№ワンのピッチャーになることを。

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