あなたが好きだと言いたかった。
 さて回は進んで3回の裏。 2対1で迎えました。
「あのホームランはショックだな。」 北村君がボソッとこぼすと、、、。
 「1本は誰だって打たれるんだ。 完ぺきに押さえられるピッチャーなんて居ないよ。 ぼくだってそうなんだから。」 青山君が明るく励ましました。
「そうだぞ。 北村。 プロになんかなったら毎晩同じ勝負をするんだ。 ローテーションは有るけど必ず同じやつに当たるんだよ。 一喜一憂するな。」
名志田先生のアドバイスに北村君もホッとしたようです。 グローブを持ってお手玉を始めました。
 「さあさあ7番からだなあ。 力むなよ!」 「7番 ライト 梶原君。」
「今度こそ押さえろよーーーーー!」 「打てよーーー! 梶原ーーーーー!」
 スタンドも応援やらヤジやら失笑やら爆笑やら様々な声が混じり合って飛んでいます。
梶原君は少しバットを短めに持ちました。 「スクイズでもやる気か?」
 坂崎君はまたまた挑戦的に投げてきます。 (あぶねえなあ。 釣られたら三振だぜ。)
気付くとカウントは3ボール2ストライク。 (後が無いな、、、。)
 「これでお前も三振だ。 打てるなら撃ってみろ!」 気合を込めてキャッチャーミッドへ。
「ボール!」 「何だって? 今の判定はおかしいぜ!」
 思わず坂崎君はアンパイヤーに詰め寄りました。 「今のは違うんでは?」
「いや、ボールだよ。 コースもそうだし塁審も確認している。」 「でもそれは、、、。」
 「抗議なら監督を通してくれよ。」 「こらーーーーー! 坂崎ーーーー! 引っ込めーーーーー!」
おじさんの堪りかねたヤジが飛んできました。 スタンドもそれには唖然とするしかありません。
 監督が立ち上がってピッチャーの交代を告げました。 「ピッチャーの交代をお知らせします。 坂崎君に代わりまして吉村君。 ピッチャーは吉村君。」
「二人目か。 あいつは確か、、、。」 青山君も自分のスコアブックを取り出して調べ始めました。
 「シンカーか。 厳しくなりそうだな。」 優紀は青山君の溜息を傍で聞いていました。
「8番 センター 中川君。」 「よし。 代打だ。」
ここで名志田先生も動きます。 「早いのでは?」
 「いや、中川はシンカーに弱いんだ。 谷口を出そう。」 「バッター 中川君に代わりまして谷口君。 バッターは谷口君。」
(こいつでかいなあ。 何処まで飛ぶか分かんねえぞ。」 吉村君は緊張した顔で振りかぶりました。
 ズドーン。 ミッドが唸ります。
「すげえ球だな。 気を付けろよ!」 コーチも必死です。
 そんなこんなが有りましてこの回は三者凡退に終わってしまいました。 一人ランナーは出したんですけど、、、。
「あいつの球は速いな。」 「いや、速いだけじゃない。 重たいですよ。」
「そうだな。 ということは、、、。」 「振り抜かずに当てていくんだ。 当てれば飛ぶ。 ゴロで抜くんだよ。」
青山君もスコアを見ながらみんなにアドバイスします。 「ごろ寝。」
「馬鹿。 寝るんじゃない。 ゴロを飛ばすんだ。」 「なるへそ。」
「冗談なんか言わなくていいから頭を冷やして来い。」 「厳しいなあ。」
「これが試合だ。 嫌なら帰ってもいいんだぞ。」 そう言いながら名志田先生は北村君の目を覗きます。
「分かりました。 分かりましたよ。」 「よし。 じゃあ次の試合だ。」

 その頃、正面入り口では、、、、。 「青山君の取材をさせてもらえませんか?」
二人の男と一人の女が訪ねてきました。 「今は試合中だから無理ですよ。」
「会社から撮って来いって言われてきたんですけど、、、。」 「だからさあ、今は試合中なの。 関係者以外は通れないの。 分からない人たちだねえ。」
 「何だと? 俺たちを怒らせたらどういうことになるか思い知らせてやろうか?」 一人の男が凄んできます。
「だからさあ、待ってくれって言ってるんだ。 分からない人たちだねえ。」 警備員が穏やかに話し続けますが、、、。
 「分かってねえのはあんただよ。 さっさと退きな!」 長髪の男が掴みかかりました。
 またまた入り口では大乱闘が始まってしまいました。 あちらこちらで警報が鳴ってますねえ。
 「何だ? この騒ぎは?」 大会本部も焦っているようです。
本部長は情報収集を部下に命じました。 「乱闘です。」
「まったく、、、。 近頃のマスコミは容赦せんなあ。」 「試合はどうしますか?」
「続行だ。 終わるまでこの話は伝えるな。」 ところが、、、。
 スタンドが俄かに騒然としてきました。 正面入り口での大乱闘が飛び火したようです。
「まずいなあ。 これじゃ続行は不可能だ。」 そう言いだす人も居て、、、。
 そこへ緊急通報を受けた警察が数台のパトカーを連ねて走ってきました。 「警察が来たぞ。」
「やれやれ。 また警察沙汰か。 いい加減にしてもらいたいなあ。」 名志田先生も渋い顔をしています。
 「試合はどうなるんでしょう?」 「分からん。 落ち着くまでは。」
そんな名志田先生の下に審判が走ってきました。 「試合は一時中断します。 騒動が収まり次第に再開しますから。」と言うのであります。
 「試合 一時停止、、、。」 優紀も時計を見ながらそう記録しました。

 「今のうちにスコアからポイントを掴んでおけ。」 名志田先生はそう言うとダグアウトから外へ出ました。
「あんた、青山の高校の監督だな?」 「そうだけど何か?」
「こっちへ来てもらおうか。」 「断る。 試合中なんだから。」
「つべこべ言うんじゃない! こっちへ来やがれ!」 逃げる名志田先生を男が追い掛けていきます。
それを見ていた警備員が走ってきました。 「やめなさい! 何をしてるんだ!」
「うるせえ! あんたには関係ねえだろう!」 「試合中なんだ。 放しなさい!」
「話を聞くまでは放さねえよ!」 通路に大きな声が響きます。
 その声に野次馬が集まってきました。 「やれやれ、ここでもやってんのかい? いい加減にしなよ。 あんたら記者なんだろう?」
「てめえ! 舐めんじゃねえぞ! 俺が記事を書いたらお前らみんな揃って豚箱行きだぞ。 分かってるのか?」 「分かんねえよ。 だいたいなあ、俺たちを何だと思ってやがるんだ? 田代組だぞ。」
「何? 田代組?」 騒いでいた男は急に静かになりました。
 「兄ちゃん 悪かったな。 邪魔したぜ。」 暴れていたはずの男は肩をすぼめて帰っていきました。
「あんた、ほんとに組の人かい?」 「まさか。 ただ言ってみただけだよ。」
「じゃあ、何であの男は、、、?」 「やつら、北政新聞の連中は田代組に可愛がられてるんですよ。 だから、、、。」
 そこへバタバタと駆けてくる足音が聞こえた。 「ケガは有りませんか?」
「大丈夫だ。 引っ張られただけだから。」 「しかし、あんたも災難続きですなあ。」
「いいんだよ。 人生なんてこんなもんだ。」 「間もなく試合を再開します。 選手の皆さんはグラウンドに集まってください。」
場内アナウンスが聞こえた。 「試合再開、、、。」
優紀はメモしながら名志田先生を見た。 何か考えているらしい。
 青山君も腕を組んで考え事をしている。 時々はスコアブックに目を落とし溜息を吐いたり歯ぎしりをしたり、、、。
(ピッチャーが替わったから迷ってるのかな?) 「心配しないでくれ。」
自分を優紀が見詰めていることに気付いた青山君はそう笑って手を振った。

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