あなたが好きだと言いたかった。
 部活ではヒーローみたいな青山も勉強となると泡を吹いているみたい。 「俺って化学は苦手なんだよなあ。」
「何で?」 「分子とか素粒子とか似たような物ばかり出てきて、どれがどれやら分かんなくて、、、、。」
「それは言えてるなあ。 仲間じゃないか 青山君。」 「何を偉そうに、、、。」
「何だと? 西岡、お前は分かってるのか?」 「うちは親父が中学校の先生だからさあ。」
「だから何だよ? のぼせるんじゃねえよ!」 「勝てないのに喧嘩しないの。」
「沙織ちゃん それどういう意味だよ?」 「まあまあ、落ち着きなさいよ。 上村君。」
「賑やかだねえ。 このクラスは。」 「上村君は番長だからね。」
「番長なの? あれで?」 「青山君、あれで、、、は無いわよ。」
「ごめんごめん。」 「はーい、上村君はそこまでねえ。」
青山に飛び掛かろうとした上村を谷崎芳樹が抑え込む。 ベルが鳴った。

 さあさあ、今週も部活の時が来ましたよ。 優紀もグラウンドの隅のボックスに身をかがめています。
ユニフォームを着込んだ部員たちが出てきました。 今日は走り込みとバッティング練習ですね。
レギュラーになれなかった部員たちが街路へ出て行きました。 「さあ、お前たちも走ってこい!」
コーチが檄を飛ばします。 大勢の集団が走り去っていきました。
「今年はなんとかなりそうかなあ?」 名志田先生はコーチと話し合っています。
「さあねえ。 今までが今までですから、、、。」 コーチは冷めた返事をしますが、、、。
優紀は青山のあの言葉を思い出しました。 「ヒットを打てるチームにするんだ。」
だからバッティング練習も振り回すだけではなく、ボールに当てる練習をやるんだと、、、。
「当たればなんとか前に飛ぶんだよ。 当たらなかったら飛ばないじゃないか。」
頷ける話である。 コーチは黙り込んだ。
 そこへレギュラーの選手たちが戻ってきた。 「よしよし。 走り込みはそれくらいでいいだろう。 バッティング練習だ。 こっちのほうが問題だからな。」
タイヤを埋め込んだ辺りに選手たちが移動を始めると、、、。 「そっちは使わない。 こっちに来い。」
コーチの荒木進が大声で号令を掛けます。 「タイヤは使わない? それでどうするんだ?」
「木村君、バッティングピッチャーを頼むよ。」 「ほーい。」
「ほーい? そんな返事は無い。 返事ははいだ!」 「こえーーー、コーチも本気だぞ。」
「ブツブツ言わないでやれ!」 「マジこえーーー。」
木村はボールを受け取るとキャッチャーと向き合って、、、。 「え? 名志田先生に投げるの?」
「そうだ。 ここに投げろ。 コントロール良く投げるんだぞ。」 ミッドを構えた名志田先生は真剣そのもの。
木村が振りかぶると青山がチェックに来ました。 「腕はこうしたほうがいい。 木村君はストレートで押してくるんだから勢いを付けないとね。」
「あ、ああ。」 さすがの木村も素直に従うしかありません。
「よし。 コースはここだ。 ど真ん中に遠慮なく投げて来い。」 「それじゃあ撃たれちまう。」
「馬鹿。 今まで打てなかったんだ。 いきなりホームランなんて無理だよ。」 ショートの勝俣直哉が膨れっ面で言い返しました。
「打てないって決めたわけじゃないぞ。 まずは当てるんだ。 何が何でも当てるんだ。」 そこから厳しい練習が、、、。

 一人5球、でもさすがに誰も当たりません。 「1球くらい当たらんのかな?」
「最初は無理でしょう。 出来ないって思いこんでるんだから、、、。」 そう言いながら青山がバットを握りました。
「さあ、こいつはホームランでも何でもかっ飛ばすぞーーー! 気合を入れろー!」 セカンドの山田幸助が腕を振り回して叫んでいます。
それに思わず気を取られた青山は3球続けて空振りしてしまいました。 「悪い悪い。」
気を取り直した青山は改めてバットを握りました。 次の球は、、、。
カーン! 金属バットのあの音を響かせてセンターへ。 バックネット直撃の打球にみんなは、、、。
「これぞ高校野球だ。」と言わんばかりに青山を見詰めました。
「さすがは青山君だ。 4番を任されただけのことは有るなあ。」 「しかもインコース低めの球だぞ。 俺には打てない。」
「みんな集まってくれ。 打線を組もう。」 名志田先生はメモを取り出しました。
「1番はとにかく塁へ出るんだ。 2番はとにかく送るんだ。 3番と4番はランナーを返すんだ。 基本が出来ないと試合にはならない。
そこでだ。 青山の4番は決まりなんだが、後が居ない。 まずはバント専門の2番を育てようじゃないか。」
コーチもこれには驚いた様子。 これまでは打て 返せと言っていた顧問がやり方を変えてきたのだから、、、。
監督の渋谷直之先生が吉沢勇気を呼びまして、何か話しております。
「いいか。 バットをベルトの前で構えるんだ。 んでもってボールの勢いに負けんように押し出せ。 いいな。」 「はい。」
吉沢君は言われたとおりにバットを構えます。 そこへコーチの成光幸作が投げてきます。
コン! 取り敢えずボールは当たりました。
「当たったぞ 当たったぞ!」 それだけでチームメートは大喜び。
青山君はそれを冷めた目で見詰めていますね。 「当たればいいんだよ 当たれば。」
優紀はそんな彼を見ながらまたまたキュンキュンしている様子。
「よし。 吉沢、もう一回当ててみろ。」 名志田先生も少しはホッとしたのかな?
コン! また当たりましたねえ。
「じゃあ、次は走るんだ。 いいか、バントなんだからな。」 吉沢君は少しずつ本気になってきたみたい。
コン! 打球を見ながら一塁へ、、、。
「よしよし。 次はランナーを置いてからやってみよう。」
そんな調子で今日の後半は吉沢を中心にしてバント練習でした。

 部活が終わって部室を出てきた青山君は昇降口で突っ立っている優紀に気付いて駆け寄ってきました。
「お疲れさま。」 「あ、青山君、、、。」
彼女は青山君を見付けると笑顔を見せるのが精一杯。 緊張してしまって言葉が出てきません。
モゴモゴしながら「また明日ね。」とだけ言って走り去ってしまいました。 「何だ、、、あの子。」
青山君は走り去った優紀を見ながら怪訝そうな顔で立っています。 「青山、お前 惚れられたな?」
「まさか、、、。」 「分かんねえぞ。 女の子って敏感だから。」
「そうかなあ?」 「転校してきて早速の4番だ。 惚れないわけが無いだろう。」
サードを守っている山田真一も羨ましそうに青山君を見詰めています。 「さてと、俺も帰るか。 じゃあな。」
夕日が眩しい通学路を歩いていきます。 その後姿をじっと名志田先生も見守っていました。
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