あなたが好きだと言いたかった。
 青山君は1時間ほど掛かってやっと高校に到着しました。 「葵は何処だろう?」
「おや? 青山じゃないか。 どうしたんだ?」 かつてのクラスメート 笹山清が駆け寄ってきました。
「妹が誘拐されたんだ。」 「何だって? 葵ちゃんが?」
「そうだ。 ここの体育倉庫に居るらしいんだ。」 「何で分かったんだ?」
「訳は後で話すよ。 それより、、、。」 「分かった。 何人か集めてくるよ。」
「いいけど、騒ぎにはしないでくれ。 殺されたら大変だ。」 「そんなに危ないのか?」
居てもたっても居られなくなった清は教室へ戻っていきました。
 青山君は体育倉庫が見渡せる図書館に居ます。 「ほんとにあそこなのか?」
「こっちの校旗が見えたんです。 間違いは有りません。」 「でもなんで妹さんが?」
「ぼくがあの高校に転校したからですよ。 今まで勝てなかった高校に転校したものだから妬んでるんです。」 「逆だったら分からんでもないがね。」
担任だった郡山聡先生は腕を組んで考え込んでいます。 「自分たちが負けるかもしれんって思っているのか?」
「青山さん、妹さんの様子は分かったの?」 「取り合えず元気そうだっていうのは、、、。 でも何をされているか分かりません。」
「警察へ連絡はしたのか?」 「騒がれたくないんでまだ、、、。」
「よし。 じゃあ俺からしておこう。 生徒達には騒がないように言っておくから。」 「お願いします。」
 そこへ事務室の職員が飛んできた。 「どうしたんですか?」
「いえ、青山さんの寮からお電話です。」 図書館へ回してもらって出てみると、、、。
「ああ、青山君か。 たった今、脅迫電話が掛かってきたんだ。 24時間以内に結論を出せ。 さもなくば妹を殺すって。」
「分かりました。」 それだけ言うのが精一杯の青山君です。

 この話はもちろん野球部にも伝わっています。 名志田先生は部活を休みにして青山が住んでいる寮へ向かいました。
「そうなんですか。 青山はあの高校へ向かったと、、、。」 「そうです。 体育倉庫が怪しいとか何とか、、、。」
「dvdを見せてもらえますか?」 「これです。」
管理人から渡されたdvdを再生してみる。 「確かにそうだ。」
 そしてその頃、体育倉庫では、、、。
「いいか。 お前の兄貴が返事を拒んだらどうなるか、周りのやつらに思い知らせてやる。」 「騒がねえように殺しちまおうぜ。」
「それはまだまだだ。 たっぷりと可愛がってから消しちまおうぜ。」 男たちは葵をマットの上に転がすと攻め始めました。
「いやだあ! 助けてーーーー! 兄ちゃん!」 「騒いだって誰も来ねえよ。 俺たちがここに籠っていることは青山でさえ知らねえんだ。 もっと可愛がってやれ!」
時々、ドスンと音がして悲鳴が聞こえてきます。 青山君は体育倉庫を見詰めたまま、、、。
そのままで4時間があっという間に過ぎてしまいました。 もう夜です。
グラウンドも真っ暗で校舎にも人は残っていません。
図書館と事務室に灯りが灯っているくらい。 静かな夜です。
 男たちは用意しておいたパンを食べながら葵を虐め続けています。 「こいつ可愛いなあ。」
葵は気を失いそうになりながら耐えているようです。 「青山はここへは来ないから安心しろ。」
 グラウンドではさっきから警官が成り行きを見守っています。 男たちに悟られないように倉庫にも張り付いています。
「10時を過ぎればいやでも眠くなってくる。 そこを狙うんだ。」 「しかし交代で仮眠を取っている可能性が有ります。」
「今からでも突破したほうがいいのでは?」 「それは危険だ。 人質が居るんだ。 何をするか分からない。」
「相手は現役の高校生と卒業生でしょう? 飛び込めるのでは?」 「凶器が何だか分からない。」
協議は二転三転して結論が出ません。
 体育倉庫からは時々ビニール袋が投げ出されてきます。 警官が袋を開けてみると思わず鼻をつまみました。
「何です?」 「やつらのン子ですよ。」 「なあんだ、、、。」
思わず失笑してしまう警官たち。 時計を覗き込むともう11時。
そんなグラウンドへ1台の車が入ってきました。 「え?」
みんなが驚いたのも無理は有りません。 消防車です。
「何でまた消防車なんか、、、?」 「あれは放水車ですよ。」
「でも誰が?」 「さあねえ。」
警官の一人はニヤリと笑って準備が整うのを待っていますね。

 30分ほどして消防士の一人が警官に駆け寄っていきました。
「こっちからはあの窓を狙います。 一気に壁も崩しますから突入してください。」 「分かった。」
もう一人の消防士が放水銃を構えますと、、、。 体育倉庫に張り付いている警官が扉の前に集まりました。
 「やれ!」 号令と共に消防士が窓を、警官が扉を蹴り破りました。 「てねえ! 謀りやがったな! 殺してやる!」
青山君はその声を聴くと持ち歩いているボールを全力で投げ付けました。 「いてえ!」
ライトの中で何かが光りました。 「ナイフだ。」
青山君は景観を押しのけるようにしながら妹の元へ。 「葵! 葵!」
「お前はここの卒業生の西新井芳樹だな? 拉致監禁と傷害で逮捕するぞ。」 「お、俺は、、、。」
「泣き言は向こうに行ってから聞くよ。 さあ、出て来い。」 警官たちに押し出された三人はそのまま連行されていきました。
 「葵! 俺だぞ! 分かるか?」 「う、、、。」
「怖かったな。 もう大丈夫だぞ。」 「一度、診察しますから、、、。」
「それはいいけど、何も食べてないんだ。 飯を、、、。」 「分かった。 手配するよ。」
葵を乗せた救急車も走り去っていきました。
 「青山君、これからどうするんだ?」 「ひとまず寮へ帰ります。 落ち着かないと何も、、、。」
「そうだよな。 まずは体を休めてくれ。」 そこへ名志田先生が、、、。
「おーーー、青山。 妹さんは無事だったか?」 「かなり弱ってます。 虐められたみたいなので、、、。」
「そうか。 しばらくは妹さんの傍に居てやれ。 野球部のことは心配するな。」 「でも、、、。」
「大丈夫だ。 部員より妹さんのことを、、、。」 「分かりました。」
 翌朝の新聞はこの事件を堂々と書きました。 高野連も大変です。
「あの高校は出場停止だな。」 「部員が関わっている以上は止むを得ませんね。」
それからしばらくはどちらの高校にも新聞記者やらカメラマンたちがドッと押し寄せる日々。 野球部は練習にも力が入らなくて、、、。
その中で優紀は青山君が登校してくる日を待ち望んでいました。
(一日も早くあの笑顔を見たい。) そう思いながら日記に「好き」と書いたんです。
 「ひでえことするなあ。」 「何がさ?」
「青山の妹、おもちゃにされたんだってよ。」 「バカ。 青山が来たらそんなこと言うなよ。」
「分かった分かった。 ここだけの話だ。」 「あっちも野球部員だったんだって?」
「やきもちからやったとはいえ、ひどすぎるだろう。 小学生の女の子に襲い掛かるなんて、、、。」 「それもそうだ。」
木村たちは青山君の机を見ながら話してます。 「こないだの喧嘩はどうなったんだ?」
「あれもあいつらの仕業だったんだってさ。」 「くそったれめ。 ガキだなあ。」
「ガキにもならねえよ。 ガキじゃあ誘拐なんてやらない。」 「納得。」
「あとは青山が帰ってくるのを待つだけだな。 ケガもひどくはなかったらしいし。」 「そうか。 じゃあ頑張るぞ!」
優紀はそんな仲間たちを見ながらこそこそ、、、。 (事件が無事に解決して良かった。)
 その日の夕方、下校途中の優紀に青山君が駆け寄ってきました。 「青山君!」
「心配させちゃったね。」 「ケガのほうはいいの?」
「罅が入ってただけだから来週からは戻れそうだよ。 まだ完全じゃないけどね。」 「無理しないほうが、、、。」
「ありがとう。 でもさ、試合も近いんだ。 トレーニングしないと投げられないよ。」
軽く手を振る青山君にまたまた優紀はキュンキュンするのでした。
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