音が好き
 中学三年の発表も終わり、コーラスコンクール中学の部は、幕を下ろした。


結局、中学の部には、音くん以上のピアノを弾く伴奏者はいなかった。


音くんは、やっぱりすごい。

改めて尊敬するし、本当にかっこいいと思う。


 コーラスコンクールの後は、教室に荷物を取りに行き、その後解散となる。

早く帰りたい男子たちは、ダッシュで荷物を持ち去り、帰っていった。

私も教室に戻り、荷物を持ち、後は帰るだけなのだが、一つ心残りがあった。


それは、音くんだ。


音くんの伴奏の素晴らしさを、彼に伝えようと思っているのだが、なかなかその勇気が湧かない。

早くしないと、音くんが帰ってしまう。どうしよう、どうしよう……。


 そんなことを考えながら、私は一組の前をうろうろしていた。すると、


あっ……//


音くんと目が合った。

えっどうしよう。言うなら今だよね。

でも、でも……。

私みたいなピアノが上手くもない人に「素敵な伴奏だった」って言われても、嬉しくないかも。

そうだよね、そもそも急に話しかけられても困るよね、長年まともに話してない人に……。 

 
私はすっと自然に目を逸らすと、廊下を早足で歩き、階段に向かった。

言うのは諦めよう。

親づてに後で言ってもらえばいいし。

でも……、音くんと話したかったな……。私から直接、伝えられたらな……。

勇気を出せない自分を惨めに思いながら、私は階段を降りようと足を踏み出した。


その時、


くぃっ


えっ、シャツを誰かに引かれた……⁈ 誰? 


「まっ待って、はっはる……っ、遥花さん……!」


っ……!


私は聞き覚えのある声にハッとし、後ろをゆっくり振り向いた。

おっ音くん……⁉︎//


「あっあの……、こっち来て……!」


ぐいっ


わっ……!//


音くんは、私の手首を掴んでぐいっと引っ張り、廊下を進んでいく。

音くんの大きくてがっしりした手に、私の手首はすっぽりと収まり、体格の差と男女の差を思い知らされた。

やっぱり、音くんって男の子なんだな……//



 私は音くんに導かれ、この階の一番隅にある、空き教室に足を踏み入れた。


くるっ


不意に音くんが振り向き、私の目を捕らえた。


「あの、今日のピアノ、すっごいよかった……! はっはる、遥花さんの音は、その……、いつもキラキラ輝いてて、僕はすごい……、すっすす……っ、好きだ、よ……。」

「ふぇっ……!//」


えっ今、何て……? 

私の音がすっすす……、好きって……⁉︎//

めっめっちゃ嬉しい//‼︎ どうしよう、あっお礼言わなきゃっ


「あ……ありがとう……//」

「ご、ごめんね、急に。迷惑だった、よね……? でも、本当に楽しそうに弾いてて、音にもそれが表れてて、すごいなぁって、思って……。」

「ぜっ全然っ迷惑じゃないよ! おっおお……っ、音くんにそう言ってもらえて、すごい嬉しい……!//」


勇気を出して伝えてくれた……? 

すごい嬉しい‼︎


「私なんかより、おっおお、音くんのピアノの方が、よっぽど綺麗で透き通ってたよ……! 私も音くんの……。音が……、音が、好きです//」


いっ言っちゃった……‼︎// やばい、


あれ、待って……? 



私、「音が好き」っていったよね……? 

でも、これ捉え方次第だと、「音くんが好き」って意味に聞こえるんじゃ……⁈

待って、すっごい恥ずかしい……!


「えっ、と……、わ、私、もう行くね……! バ、バイバイ……! 」



タッタッタッタッタ……。


足音が廊下によく響く。

紅く染まった顔をパタパタと手で仰いで冷やしながら、私は全速力で逃げるように走り去った。

 
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