音が好き
 「あっ来た来た〜〜! やっほ〜〜、遥花ちゃん! それに音も。」

舞台袖に着くと、我らが弦楽部のムードメーカー、あかねちゃんがいた。

あかねちゃんは、私や音くんと同級生で、弦楽部では、ヴァイオリンを弾いている。



ーー

 勝本あかね(かつもとあかね)ちゃん。


あかねちゃんは、イマドキの女の子代表って感じで、美人でオシャレで話しやすい。

友達も多くて男子とも仲が良く、音くんのことも「音」と呼んでよく話している。

そんな魅力あふれるあかねちゃんとは、一緒にいてとても楽しい。


 あかねちゃんは、中学生になるタイミングで他県から引っ越してきたらしく、その時に私や音くんと同じピアノ教室に入会した。

そのため、あかねちゃんは、私と音くんの関係を唯一知っている友達である。

他の友達には、私が音くんと小学生の時から同じ習い事に通っていることを、話していない。

お互い話さないから、気付かれることもないしね。

ーー



 「わぁ〜〜! 遥花ちゃん、そのドレスすっごいかわいいね! 大人っぽくていいよ! 」

「そっそうかな? ありがとう! あかねちゃんの方が、よっぽど大人っぽくて大人の人みたい! 」


あかねちゃんは、黒のシンプルなロングドレスで、キラキラのピンを髪に付けていた。

あっ果子さんと同じ奴だな。雑誌か何かに載ってるのかな? このピン。


「ありがとう〜〜! あっ音はどう思う? 今日の遥花ちゃん! 」


えっちょっあかねちゃん⁉︎

何でそれを音くんに聞くの⁉︎

絶対わざとだ。

あかねちゃんは私の好きな人を知っている。


「えっ……!、えっと……、その……、」

「ほらあかねちゃん、おっおお……、音くん、困ってるじゃん。」

「えーー、そっかーー。」


明らかに残念そうなあかねちゃん。

たぶん、音くんに「かわいいよ」って言わせたかったんだろうけど。

無理だよ。

私は音くんが好きだけど、音くんは私のこと好きじゃないから。

あかねちゃんみたいな、魅力的な女の子が好きだよ、

きっと。


「ほら、もうすぐ本番だよ。もうこの話はおしまい。」

私がそういうと、開演5分前を告げるベルが鳴った。



ーー

〜〜♪ 〜〜♫♩〜〜♬〜

開演して、しばらく経つ。今は、あかねちゃんの一つ前の子だ。


知らない曲だけど、テンポが速く、音数も多いので、難しそうだ。

私には弾けそうにない。


私なんかより、この子とかあかねちゃんとかが、音くんの前に弾くべきだよ。

なんで私が音くんの前に? 


上手な演奏を前にして、再び緊張が私を襲う。

果子さんや雅さん、あかねちゃんとの会話で、リラックスできていたのに。


手汗が止まんない。

何度もドレスをギュッと掴んで、手汗を拭く。



そうしていたら、いつの間にか演奏が終わってしまっていた。

慌てて拍手を送る。


次は、あかねちゃんの番だ。

「楽しんで弾いてね」

隣に座っていたあかねちゃんが立つのを見て、私は小声でエールを送る。



「次は、18番。勝本あかね。曲名はーー」

アナウンスを聞き、あかねちゃんがステージに向かう。


光を受けて艶やかに光る漆黒のドレスは、まるで美しい蝶のようだ。
私はそう思った。

< 8 / 12 >

この作品をシェア

pagetop