姉の婚約者はワルイ男
「違うんです」
松葉さんは勘違いをしている。
わたしがあの光景を目撃したから、自信を失ってショックを受けていると。
「違う?」
「そう思えないことがショックだったんです」
「え?どういうこと?」
「だから、つまり……彼氏のあんな場面を見てもなにも感じなかったんです」
そう———なにも感じなかった。
彼氏とほかの女性が仲良さそうに歩いていても、嫉妬できなかったんだ。
「何も感じなかった?嫉妬してないってこと?それにショックを受けてたの?」
コクリとうなづくと、男の左手がそっと頬に伸びてきた。
「泣かないで、柚葉ちゃん」
そう言われて、自分が初めて泣いていることに気がついた。
ダメ、この人の前で泣きたくなんて、ない。
「あ、あの、わたし、何も感じなかったってことは彼氏のこと本当は……」
ここから先の話は声に出せない。
申し訳なくて。
歩くんに申し訳なくて、胸が痛くなる。
すると、両腕で包み込まれてそっと背中をなでる手のぬくもりを感じた。