花縁~契約妻は傲慢御曹司に求愛される~
「記念すべき引っ越し初日は一緒に抱きしめて眠りたいんだが?」


耳元で直接的に誘われて、一気に体が熱くなる。

思わず目を見開くと、依玖さんはハハッと楽しそうに声を漏らす。


「素直で可愛いな」


「……からかわないで」


「本気だ。ほら、早く行っておいで」


そう言って私の手を軽く引いて、立たせる。


「俺としては一緒に入りたいが」


「む、無理です」


「いつか叶えてもらえる日を楽しみにしてる」


軽口を叩きながら、ゆっくり入浴しろと言い残して依玖さんは部屋を出ていった。


干渉を嫌がるくせに、なんで甘い態度と言葉で翻弄するの?


後継者のために契約を律儀に履行しようとしているだけ?


乱れた感情と疲れた頭ではネガティブな考えしか思い浮かばず、額に手を当てて深呼吸を繰り返す。

泳ぐ視線の先に、クローゼットにかけたばかりの白いスカートと黒いドレスが目に入った。

この衣類が私の宝物だなんて、きっと彼は知らない。

切ない想いに無理やり蓋をして、広げた荷物を仮収納する。

入浴を終え、リビングルームに向かうと、大きな黒い革張りのソファに依玖さんが座っていた。


「髪、ちゃんと乾かした? 風邪ひくぞ」


まだ若干濡れた私の髪に視線を向ける彼にうなずく。
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